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十二章

子猫の宮

いく日も漕ぎ進めてゆくうちに林檎の蓄えも尽き、飲むものも食べるものもなくなった。容赦なく照りつける陽射しに灼かれ、口中も鼻腔も塩からい海の香で満ちた。そこへ待望の陸地が見えてきた。小さな島は堂々たる宮殿を擁していた。宮殿を巡る壁は真っ白で汚れも破れもなく、石灰でできているか、あるいは巨大な白亜の岩からまるごとくりぬいたかのように見える。海に臨む宮殿の正面は高くそびえ、雲を衝くかに思われた。

外壁の門は開け放たれ、いずれも雪のように白い立派な家々が壁に沿ってたちならび、真中の広場に入り口を向けているのが見えた。マールドゥーンと仲間たちはなかでもひときわ大きな館に入り、部屋から部屋へと歩き回ったが、誰もいなかった。館の中心と見える部屋まで来たところ、大理石の低い角柱が何本も一列に並んでおり、そこで子猫が戯れていた。猫は柱から柱へと飛び移るのをやすみなく繰り返しているのだった。一行が部屋に足を踏み入れると、猫はちらりと目をくれたが、すぐに戯れに戻り、それ以上人間たちには構わなかった。

ようやく部屋を見回せば、入り口の脇柱の一方から壁をぐるりと巡ってもう一方の柱まで、すばらしい宝が三列に飾られていた。一列目は金銀の飾り留めで、壁に針を固定され、頭をこちらに向けて並んでいた。二列目は金銀の首飾りトルクだった。三列目には、金銀の柄の見事な剣が並んでいた。

壁に沿って寝台がいくつもおかれていたが、どれも真っ白で凝った装飾が施されていた。さまざまな食べ物がふんだんに食卓に盛られ、茹でた牛や炙った豚まであった。大きな角杯には酩酊を誘うすばらしい麦酒がなみなみと満たされていた。

「このご馳走はわれらのために用意されたものなのかな」マールドゥーンは猫に尋ねた。

猫はこれを聞いてはたと動きをとめ、マールドゥーンを見つめた。しかしすぐに何事もなかったかのように戯れに戻った。そこでマールドゥーンは一同に向かって、ご馳走はわれらのものだと告げた。みな卓についてこころゆくまで飲み食いしたのち、寝台にやすんだ。

翌朝起きだした一同は、残りの麦酒をひとつの器に注ぎ集め、食べ物の残りも船に持ち帰ろうとかきあつめた。館を後にしようというときになって、マールドゥーンの乳兄弟のうちいちばん年かさの者が尋ねた。

「この見事な首飾りをひとつ、持っていってもよいだろうか」

「けっしてならぬ」マールドゥーンは答えた。「腹を充たし、やすむことができただけで十分だ。なにひとつ持ち去ってはならぬ。この館が護りもなしにうち捨てられているとは思えぬ」

だが乳兄弟はマールドゥーンの言葉に従わず、首飾りのひとつを取って持っていった。すると猫が後から追ってきた。広場の真ん中で若者に追いつくと、炎の矢のように飛びかかって胴を貫き、たちどころに一塊の灰に変えてしまった。猫は部屋に戻って柱の一本に跳び上がり、そこに坐った。

マールドゥーンは首飾りを持って引き返し、猫に近づいて宥めるように言葉をかけてから、元の場所に首飾りを戻した。そのあと、乳兄弟の灰を集めて岸まで持ってゆき、海にばら撒いた。そしてみな船に乗り込み、航海を続けた。仲間を失ったことを嘆きながらも、心は大いなる慈悲を施してくださった神への感謝でいっぱいだった。

十三章

白黒に染める島

それから三日目に、一行は別の島に近づいた。中央を走る真鍮の壁が島を二つに分けていた。どちらの側にも羊の群がおり、一方の群はすべて黒く、もういっぽうは白かった。

大きな男が羊をよりわけており、ときどき一頭を掴み出しては壁越しに楽々と抛った。白い羊を黒い群に抛り込むと、羊はあっというまに黒くなった。おなじように、黒い羊を反対側に抛ると、たちまち白くなった。

これを見た船の一同は危惧を抱いた。マールドゥーンは言った。

「ここまではよい。次は何かを岸に抛って、それも色が変わるかどうか見てみよう。変わったなら、島に上がるのはやめよう」

そこで黒い小枝を白い羊のほうに投げると、地面につくやいなや白く変わった。次に白い小枝を黒い羊の側に投げると、すぐさま黒くなった。

「はやまって島に上がらなかったのは幸運だった。さもなければ、われらも小枝のように色が変わってしまっただろうから」マールドゥーンが言った。

かれらはそそくさと船首を巡らし漕ぎ去った。

十四章

燃える河の島

そのまた三日の後、行く手に広々とした島が横たわり、形も見事な豚が群れているのが見えてきた。一同は子豚を一頭屠って腹を充たした。島は中央が高い山になっていたが、登って全体を見渡してみようということになり、ゲルマーンとデュラーン・レカードが役目に選ばれた。

二人が山に向かってしばらく行ったところ、幅広く浅い河が流れていた。岸辺に座ってやすむかたわら、ゲルマーンが槍の穂先を水にひたすと、炉に抛り込んだようにたちまち柄の先まで燃え上がった。それで二人は河を渡るのをやめた。

向こう岸には、大きな角のない雄牛のような獣が群をなして寝そべっており、とてつもない大男がかたわらで番をしていた。ゲルマーンは盾を槍で叩いて群を起こそうとした。

「どうして仔牛たちをおどかすんだ」巨人の牛飼いが轟くような声でなじった。

ゲルマーンはこれほど大きな獣が仔牛にすぎないと聞いて驚き、弁解するのも忘れて、この仔らの母牛はどこにいるのかと男に尋ねた。

「あっちの山のほうにいる」男は答えた。

ゲルマーンとデュラーンはそれ以上何も訊かず、仲間の許へ戻って見聞きしたことを伝えた。一同は船に乗り込み島を去った。

十五章

地獄の粉挽き

さほど遠くまで行かぬうちに次の島に辿りついた。大きな粉挽き小屋が建っており、扉の近くに筋骨たくましい大男が立っていた。一同が目にしたのは、数え切れぬほどの人や馬が麦を担い、続々と粉挽き場にやってくる光景だった。麦が粉に挽かれてしまうと、みな西の方に去っていった。見渡すかぎり、ありとあらゆる種類の家畜が平原を覆い、そのあいだにひしめくたくさんの荷車には、およそ大地の背に実るあらゆる作物が積まれていた。それらすべてを男は粉挽き場の口にあけて粉に挽いた。人々はやってきたときと同じように、ひたすら西に向かった。

マールドゥーンと仲間たちは粉挽きの男に話しかけ、粉挽き場の名前や、かれらがそこで目にした光景に何の意味があるのかを尋ねた。男はさっと振り返り、ぶっきらぼうに答えた。

「ここはインヴェル・トレ・ケナンドの粉挽き場、おれは地獄の粉挽きだ。大地の実りに人間が不満を漏らしたり、とにかくけちをつけたりすると、みなここに送られて粉に挽かれる。それに人間が神の目から隠そうとした富や宝もな。みんなおれがこのインヴェル・トレ・ケナンドの粉挽き場ですりつぶし、西の方に送るのさ」

男はそれだけ言うと、背を向けてふたたびせわしく仕事にとりかかった。旅人たちは畏怖にうたれ、船に戻って島を去った。†7

十六章

嘆きの島

このあとほどなくして、また大きな島が見えてきた。この島には大勢の人がいた。肌も纏った衣服も黒ひと色で、黒い被り物までかぶったかれらは、うろうろと歩き回り、両手を揉み絞りながらため息をついたり嘆きの声をあげたりをきりもなく繰り返していた。

検分役の籤はマールドゥーンの二番目の乳兄弟に当たった。群集に混じったかれはみるみる悲しげなようすになり、周りと一緒になって手を揉み絞り嘆きだした。二人の仲間が連れ戻しに行ったが、泣き叫ぶ人々にまぎれて見つけられなかった。それどころか、いくらも経たぬうちに二人まで愁嘆に加わり、泣きはじめた。

マールドゥーンはさらに四人を選び、先の三人を力ずくで連れ戻すよう命じた。武器を手渡しながら、次のように言い含めた。

「島に上がったら、顔に外套をまきつけて口と鼻を覆い、あそこの空気を吸わないようにしろ。右にも左にも、天にも地にも、脇目をくれてはならぬ。しっかり捕まえるまで仲間からひとときも目を離すな」

四人は命じられたとおりにして二人の仲間、すなわちマールドゥーンの乳兄弟を連れ戻しに送り出された二人の男のところまで辿りつき、腕を捕らえて引きずるように船まで連れ戻した。だが残る一人は見つからなかった。連れ戻された二人に何があったのか、どうして嘆きだしたのか尋ねてみても、ただこう答えるだけだった。

「わからない。ただ気がついたら周りがしているようにしていただけだ」

一同はマールドゥーンの二番目の乳兄弟をおいて島を発った。

原注 7: 粉挽き小屋のエピソードは、『マールドゥーンの航海』だけでなく『オコラの息子たちの航海』にも見える。二つの記述は多少異なっているが、私はここで二つを混ぜ合わせた。

      

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