ダーン・ナン・ローン

      

1234567>

私のエランモアでの友人だったアン・ギレスピーは、叔父のロバート・アハナ老人が亡くなった後、島を去ってはるか西に行った。

それまで三年の間、夏にはエランモアの沖で外ヘブリディーズ諸島の男たちが漁をしていたが、その中にマヌス・マッコドラムという若者がいた。マヌスは見目良い若者だったが、ルイス島や北ユイスト島の漁民はたいてい色が白く、赤毛に灰色の目か、金髪に青い目であるのとは違って、褐色の肌に黒い髪と濃い茶色の目をしていた。かといって、北方人に似ていないのと同様、アラン島や内ヘブリディーズ諸島の黒いケルトにも似ていなかった。彼はたしかにあの一族の出に違いなかった。北ユイスト島のマッコドラム一族の者はみな、褐色の肌、褐色の髪、褐色の目を持っていた。おそらくそのためでもあったのだろう、その昔、このユイスト島の小さな氏族は、西方の島々の間でスリョホト・ナン・ローン、すなわち海豹の子孫として知られていた。

北ユイスト島やルイス島のおおかたの男たちのような長身でこそなかったが、マヌス・マッコドラムもかなり背が高く、しなやかで力強かった。漁の腕前は誰よりも優れ、ときおりひどく塞ぎこむことがあったにもかかわらず、仲間からは好かれていた。歌えば声は娘のように甘く、実際よく歌ったが、ハリス島のオッブからミングレーの岬にいたる島々のあらゆる古い歌を知っていた。また、南ユイスト島やバラ島のカトリック僧や修道僧が歌う美しい聖歌 (オラン・スピラタル) を歌うこともたびたびあった。北ユイスト島のマヌスの住むあたりでは、旧教を守っているのは彼一人だったのだが。

アンもカトリックだったし、それにアハナ一家も、祖先やギャロウェイの係累はプロテスタントだったにもかかわらず、カトリックに帰依していた。これはロバート・アハナ老人が旧教を奉ずる妻に寄せた愛情のためだったと言われている。それがあずかったのかどうか、私は恋人の称賛のまなざしと柔らかい物言い、それに甘い歌声の力のほうが大きかったと思うが、アンはマヌスに結婚を約束した。アンの誓いは、マヌスにとっては、俗に言う<南風>だった。波打つ褐色の髪と柔らかな灰色の瞳、クリームのように白い肌のアンほど美しい娘は、島々でもほかにいなかった。

そんな次第で、アハナ老人が永遠の安らぎにつき、エランモアには下の三人の息子たちが残るだけとなったとき、マヌス・マッコドラムは北西に船を走らせ、ミンチ海峡を通って故郷に花嫁を連れ帰った。四人の兄のうち、長兄のアラスターは父の死の数か月前にエランモアを去って西に向かったが、その航海の目的地がどこで、いつ帰ってくるのかは誰も知らず、何の便りもなかった。エラン・ナン・アルヴァラハン、よそ者の島と呼ばれるようになったこの島で、アラスターの姿が見られることは二度となかった。アランとウィリアムはミンチ海峡で時化にあって溺れ、ロバートは白熱で亡くなった。白熱とは、島々の民をしばしば苦しめる死の病だ。今はマーカスが<エランモア>であり、グルームとシェイマスとともに島に住んでいた。三人とも独り身だったが、そろってマーサル・ニク・アルピン†1という、サマー諸島のうちでも本土のサザーランドから目と鼻の先のエランローナに住まう娘に恋していると噂されていた。

マヌスはアンに一緒に来てくれるように言い、アンは承知した。三兄弟はこれを喜ばなかったが、従妹にそんな遠くに行って欲しくないというほかにも、アンを失いたくない理由があった。アンは炊事や糸紡ぎ、機織りといった女の仕事を一手に引き受けていただけでなく、見るも愛らしく、長い冬の夜には何時間もともに歌をうたってくれた。そんなとき、グルームはフェタンという麦笛のような笛で、荒々しい不思議な旋律を奏でるのが常だった。

アンがマヌスを愛していたのは確かだが、島を離れることにしたのは、グルームを恐れていたからでもあった。野や丘にいるとき、高く低くさえずるフェタンの音色を耳にして、急いで家に引き返すことがたびたびあった。男たちは家にいて夕餉の後の一服を楽しんでいるものとばかり思い、暮れなずむ空の下を歩いているときに、ふいに彼方から貫くような笛の音が届いて、<死者の踊り>、<満ち潮と引き潮>、<影のリール>といった調べを奏でるのを聞くのは、気味の悪いことだった。

自分がそこにいるのをグルームが承知しているのは明らかだった。少なくともいく度かは確かにそう思われた。その証拠に、強い風にざわめく羊歯の繁みの間を、身を潜めて足早に抜けていくときに、飛び跳ねるように追いかけてくる笑い声を聞いた。

マーカスたちに自分は出ていくつもりだと告げたとき、マヌスはそこにいなかった。そのときマヌスは二人の仲間とともに快速 (ルア) 号に乗っており、港に停泊した船の甲板に座り、三人して漁網を繕うかたわら、月明かりの下で歌をうたっていた。

夕餉の後、三人の兄弟は腰を落ち着けて一服しながら、誰かから持ちかけられたシェットランド種の羊に関する取引の話をしていた。しばらくの間、アンは黙って三人を見つめた。とても兄弟には見えない。マーカスは大柄で肩幅が広く、黄色の髪に不釣り合いな暗青色の目をして、眉は黒い。日焼けした厳めしい顔には疲れたような色がある。北方風の縮れひげ (カシェン・フィアサク) をたくわえているので、上唇から垂れ下がる褐色のひげが、泥炭の放つ光を受けてつやつやと輝いていた。グルームは体つきはほっそりとして、肌は浅黒く髪の色も濃い。ひげのない顔はつるりとしている。指の細く長い手は白く、浜に打ち上げられた海草のように絶えず落ち着きなく動いている。内心の窺い知れない暗い目つきをして薄い唇にほほ笑みを浮かべるときにも、眉間に刻まれたしわが消えることはない。彼はいかにもアハナ兄弟の知恵袋らしく見えた。英語を流暢に話すだけでなく、訳のわからない小難しい本を読むことさえできた。なにより、ロバート・アハナの学識を受け継いだのは、息子たちのうちただひとりグルームだけだった。アハナ老人は若いころはギャロウェイで教師をしていたこともあり、グルームを僧職につけるつもりでいた。グルームの声は低くよくとおるが、氷の下を流れる薄緑色の水のように冷ややかだった。シェイマスはといえば、グルームよりはマーカスに似ているが、髪の色はやや濃い。茶色の髪とけむるような榛色の目、あおじろくなめらかな顔、どこか思いつめたような表情さえも幾分は、もう長いこと行方の知れない、おそらくはすでにこの世にない長兄アラスターを思わせた。背が高く痩せているところもアラスターに似ていた。シェイマスの顔には、いわく言いがたい、あるかなきかの翳りがあった。いわゆる「憂いの影」というものだが、その言葉の意味を知る者は少なく、知っていても進んで話そうとする者はほとんどいない。

何の前触れもなく、だしぬけにグルームがアンの方を向いた。

原注 1: マーサル・ニク・アルピンはゲール名であり、英語でいえばマージョリー・マカルピンとでもなろう。ニクは nighean mhic の略であり「~の子孫の女性」を表す。

      

1234567>