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三十章

神秘の湖の島

次に訪れた島は、これまで巡ってきたうちでもひときわ大きかった。片側には櫟と堂々たる樫の木が繁り、反対側は緑なす平原で中央に小さな湖があった。平原の手前に風雅な造りの家があり、ほど遠からぬところに小さな教会があった。無数の羊が島中に散らばって草を食んでいた。

教会に向かった一行は、髪も髭も雪白の、あきらかにたいそうな齢と見える隠者に迎えられた。マールドゥーンは、どこのどなたかと隠者に尋ねた。

隠者は答えた。「わたくしは、わが師ビラのブレンダン†8にならって巡礼の旅に漕ぎ出した十五人の一人です。長い放浪の末にわたくしたちはここに辿りつき、終の住処と定めました。ここに長いこと暮らしておりましたが、仲間たちは一人また一人と身罷り、わたくしが最後の一人です」

そう言って老隠者は巡礼団が携えてきたブレンダンの経文袋†9を見せた。マールドゥーンはそれに口づけし、ほかのみなは崇敬をこめて頭を垂れた。老隠者は好きなだけ留まるように、羊をはじめ島のものをなんでも食べてもよいが、無駄にはせぬようにと告げた。

ある日、一行が丘に腰を下ろして海を眺めていると、南西の方角から黒雲のようなものが近づいてきた。息を凝らして見守るうちにそれはみるみる大きさを増し、ついに正体が見分けられたときには一同驚きにうたれた。重たげにゆっくりと翼をはばたいているのは、巨大な鳥にほかならなかった。島の上まで来ると、鳥は湖のほとりの小山に止まった。あまりに鳥が大きいので、見つかれば鉤爪に一掴みにされて攫われてしまうのではないかと一同はおおいに恐れた。てんでに木陰や岩の割れ目に身を隠したが、鳥の動きを見逃すまいと、かたときも目は離さなかった。

非常に年老いていると見えるその鳥は、片方の足にはるばる海を越えて運んできたらしい枝を一振り掴んでいたが、樫の大木を根こぎにしたよりもなお大きく重そうだった。あおあおと葉が茂り、紅い葡萄のような、しかしずっと大きな果実がたわわに房をなしていた。

鳥は大儀そうに小山でやすんでいたが、そのうち果実をついばみはじめた。なおしばらくようすを見た後、マールドゥーンは慎重な足どりで小山に向かい、鳥が襲いかかってくるやいなやを見極めようとした。しかし危害を加えてくるようなそぶりはなかった。これに勇気づけられてみな首領の後に続いた。

全員がマールドゥーンを先頭に一団となって盾を掲げて近づいていったが、鳥は動じなかった。マールドゥーンの指図で一人が鳥の真正面まで行き、鉤爪に掴まれたままの枝から果実をもぎ取ってきた。鳥はいっこうに頓着せず、残りの実をついばみつづけた。

その日の夕方、一同がかの巨鳥のやってきた南西の海を眺めていると、彼方のまさに同じ方角から、やはり大きな鳥がもう二羽ゆっくりと近づいてくるのが見えた。はるかな高みをやってきた鳥たちは小山に舞い降り、初めの鳥のむかいに並んで止まった。

初めの一羽よりずっと若いことはあきらかながら、二羽とも疲れ果てたようすで長いことやすんでいた。やがて二羽は翼を震わせながら老いた鳥を翼といわず頭といわずつつきまわし、いたんだ羽根や羽柄を引き抜いてから、大きな嘴で羽毛を撫でつけていった。しばらくして三羽は枝の果実をついばみはじめ、満腹するまで食べつづけた。

次の日の朝、二羽の若鳥は昨日とおなじく老鳥の羽をつついて整えはじめた。正午ごろまでこれを続けた後、また果実を食べはじめた。種や果実の食べ残しを湖に抛り込んでいったので、水が葡萄酒のように紅く染まった。それが済むと、老鳥は湖に飛び込んで水に浸かり、身を清めた。夕方になるとふたたび小山に飛び上がったが、若鳥たちが取り去った古い羽根などの老衰の残滓に触れて身が穢れぬよう、前とは別の場所に止まった。

三日目の朝、若鳥たちはもう一度老鳥の羽を整えたが、このときはいっそう入念に、一筋の乱れもなく艶々となめらかな毛流れを描くように丁寧に撫でつけていった。そうして休む間もなく正午まで続け、ようやく世話を終えた。その後しばらくやすんでから、二羽は大きな翼を広げて飛び立つと、南西の方を指して矢のように飛び去り、見守る人間たちの視界から姿を消した。

二羽が飛び去ったあとも、老鳥は日暮れまで羽根を整えつづけた。そしてついに翼を羽ばたいて飛び立ち、力を試すように三度輪を描いた。見守る一行には、老いの徴があとかたもなく拭い去られているのがわかった。生えそろった羽根は艶やかで、頭は高くもたげられ、眼光は鋭く、空を翔るさまは飛び去った二羽と同じくらい力強かった。最後にもう一度小山に降りてやすんだあと、ふたたび飛び立って、他の二羽を追うようにもと来た方角に頭を向けてぐんぐんと遠ざかり、二度と戻らなかった。

いまやマールドゥーンらの目にも、老いた鳥が若返りを経たことはあきらかだった。「汝の若さは鷲のごとく蘇るべし」という預言者の言葉さながらに。驚異を目のあたりにしたデュラーンは仲間たちにこう言った。

「われらも湖に浸かろうではないか。そうすればあの鳥のように若返りの力に浴することができるだろう」

仲間たちは反論した。「そうはなるまい。湖には鳥の老齢の毒が残っているだろうから」

しかしデュラーンは頑固だった。自分は湖の霊験を試すつもりだ、おまえたちは従うも従わぬも好きにせよと言い放った。そして湖に飛び込み、しばらく泳ぎ回ったあと水を掬って口に含み、意を決して一口飲みくだした。水から上がったとき、かれははつらつとして健やかそのものだったが、それはその後もずっと変わらなかった。死ぬまで歯が欠けることも髪が白くなることもなく、あらゆる病や身体の不如意とは無縁だった。だが後に続いた者はいなかった。

一行はしばらく島に留まり、羊肉をたっぷり船に積み込んだ。そして老隠者に別れを告げると、ふたたび航海に乗り出した。

さてまた風と潮手を携えて向かい来れば 船は飛ぶごとく波濤を切り裂く はるか西の方、波間に一つの島影見ゆ 緑の原ときよらな流れ、山々は青く霞む エリンの生まれなる老いたる隠者 一行を迎え祝福を与う 酒食をすすめのたまうに、しばし旅の塵を払いて うるわしき島の不思議にて眼を洗えよかしとぞ  見よ、海の彼方に三羽の巨鳥あらわれ 悠然と翼うちふるい虚空を裂く 眼前に迫るを見れば 鉤爪に果実の枝しかと握れるあり 化鳥ら清く畏き湖のほとりに舞い降り 果実をついばみ旅の疲れを養う  尾羽打ち枯らしたる老鳥 水際の岩を踏まえ、ついに身を水に投ず 沐浴し羽根をしきりと撫ぜ 翼を震わせ岸に上がる  朋輩らかいがいしく羽根を整えれば その姿不可思議の変化を遂げたり まなこきらめき頭は高く誇らかなり 艶やかな羽根は黄金を磨けるがごとし 老いの影を払い堂々たる体躯を起こし まばゆき青春の美を纏いて立てり  不思議の湖の賜物はかくのごとし 畏き波の霊験はかくのごとし

三十一章

笑いの島

次にやってきた島は、いちめんに野原が広がっていた。大勢の人々がさまざまな若者らしい競技に興じながら、ずっと笑い声をあげていた。偵察役を選ぶ籤はマールドゥーンの三番目の乳兄弟にあたった。

島に着くやいなや、かれは遊戯に加わり、周りと一緒になって笑いだした。そのさまは、まるで生まれてからずっとそこで暮らしてきたかのようだった。船の一行は長いこと帰りを待っていたが、連れ戻しに行くのはためらわれた。とうとう、戻ってくることはないと見切りをつけ、おきざりにして島を離れた。

三十二章

極楽の島

次は高い炎の壁に囲まれた小さな島にやってきた。壁の一ところに海に向かって大きく開いた扉があった。一行は船で行きつ戻りつしながら、扉の前を通るたびに漕ぐ手を止めた。正面に来ると島のほぼすべてを見渡すことができたからだ。

そこに見た光景は次のようなものだった。大勢の美しく神々しいようすの人々がいた。光り輝く豪奢な衣を纏って和やかに宴に集い、おのおの手にした浮き彫りの赤金の酒杯を傾けていた。また晴れやかで愉しげな歌声も聴こえてきた。一同はおおいに賛嘆し、人々の幸福のたけを見聞きして心は喜びに満たされたが、あえて島に足を踏み入れる勇気はなかった。

原注 8:六世紀のビラ(キングズ・カウンティのビル)の聖ブレンダンの航海については、前書き(xiii ページ)にも記した。ブレンダンはケリー州ブランドン山の近くから船出して大西洋を西に向かい、一部の人々の信じるところでは、アメリカ大陸に到達したという。ブレンダンにならって大海原へと巡礼の旅に乗り出した者は多くいた。だが、マールドゥーンとオコラの三人の息子たちを例外とすれば、ブレンダンほど実り多い航海をした者も、さまざまな不思議な島を訪れた者もいない。マールドゥーンとオコラの息子たちの航海は、ブレンダンの航海に劣らず驚異に満ちている。

原注 9:昔のアイルランドの聖者たちは、伝道の旅のあいだ、貴重な本や携帯用の聖具を革袋にいれてほうぼうに持ち歩いた。多くの場合、それらの袋は他の聖遺物と同様に見事な装飾が施されており、持ち主が亡くなったあと非常な尊崇の対象となった。このような袋はゲール語でpolaire(336ページ Petrie [円塔] を参照)と呼ばれる。

      

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