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二十八章

島の女王は魔法の糸玉で一行を虜にする

次に辿りついた島はとても大きかった。一方の端には優美な峰がヒースに覆われて高くそびえており、そのほかは緑したたる野原がいちめんに広がっていた。海辺に彫刻や宝石に飾られた豪壮な宮殿があり、四囲に巡らされた堅固な城壁に護られていた。陸に上がった一行は宮殿に向かい、城壁に開いた拱門の前に据えられた長椅子に座ってやすんだ。開いた扉から中を覗くと、中庭に美しい乙女が何人もいるのが見えた。

しばらくそうして座っていると、彼方に人馬が姿を現し、見る見るうちに宮殿に近づいてきた。間近に眺める騎手は若く美しい女で、豪奢な衣装を纏っていた。青い絹の被布がさらさらと衣擦れの音をたて、銀の房のついた紫の外套が肩から流れ落ちていた。手袋には金糸の縫い取りがあり、脚は目に眩しい真紅の編み上げ靴にぴったりと包まれていた。乙女の一人が出迎え、馬の手綱を受け取った。女主人のほうは馬から下りると宮殿に入っていった。ほどなく別の乙女がマールドゥーンらのところにやってきて口上を述べた。

「わたくしどもの島によくおいでなさいました。どうぞお入りください。女王がみなさまをお連れするようにと、中でお待ちになっておいでです」

一行は乙女に従って宮殿に足を踏み入れた。女王はかれらを愛想良く迎え、歓迎の言葉を口にした。そしてご馳走がふんだんに用意された大広間に一行を導き、席について食事をするよう促した。選りぬきのご馳走と葡萄酒を満たした水晶の杯がマールドゥーンの前に据えられた。ほかの仲間たちには、三人ごとに三人分の肉と酒が一つの皿と大杯で供された。みなこころゆくまで飲み食いすると、柔らかい寝台で朝までぐっすりと眠った。

次の日、女王はマールドゥーンと仲間たちに向かって言った。

「わが国に留まって、もう島から島へ荒海をさまよう旅などおやめなさい。ここではけして老いも病も訪れません。いつまでもいまの若さを保ち、永遠に安楽と喜びばかりの生を送ることができるのですよ」

「ここでの暮らしがどのようなものか、どうぞお教えいただきたい」マールドゥーンは言った。

「おやすい御用です。以前この地を治めていた善王はわたくしの夫で、みなさまがたの前にいる美しい乙女らはわたくしどもの娘です。夫は永らくこの地を統べた後に身罷りましたが、息子はいませんでしたので、わたくしが独りで国を治めるようになりました。毎日わたくしは大平原にゆき、民の訴えを聞いて裁きを下します」

「今日もわれらをおいてゆかれるのですか」

「すぐにもゆかねばなりません。民に裁きを与えねばなりませんから。けれどあなたがたは夜にわたくしが戻るまで、何も手を煩わせることなく、ここでお待ちになればよいのです」

かれらはこの島に冬の三月のあいだ留まった。この三月はマールドゥーンの仲間たちには三年にも感じられた。しだいに生まれ故郷に戻りたいという切なる思いに苦しめられるようになったのだ。冬が過ぎたところで、一人がマールドゥーンに尋ねた。

「ここに来てもうずいぶん経った。そろそろ故郷に帰ろうではないか」

「くだらぬことを言う」マールドゥーンは答えた。「故郷に比べても、ここのほうがはるかにすばらしい」

だが仲間たちの気はおさまらず、おおっぴらに文句を言うようになった。「わかりきったことだ。マールドゥーンは女王を愛しているのだ。それなら、ここに残ればよい。だが、われらは故郷に戻ろう」

しかしマールドゥーンは独りおいていかれることを肯んじず、一緒にゆくとみなに約束した。

このようなやりとりがあってからほどないある日、いつものとおり女王が裁きを下しに大平原に行ってしまうと、マールドゥーンらは海に船を浮かべて漕ぎ出した。さほど遠くまで行かぬうちに、女王が馬を駆って浜に下りてきた。なりゆきを見てとった女王は宮殿に戻り、糸玉を手にして浜にとって返した。

波打ち際まで歩み寄ると女王は船に向かって糸玉を投げたが、糸の一端はしっかりと握ったままだった。マールドゥーンが宙で糸玉を受け止めると、手に付いて離れなくなった。女王はゆっくりと糸を手繰り、小さな入り江の奥の、さきほど岸を離れたまさにその場所に船を引き戻した。陸に上がると女王はみなに言い含めて、また同じことが起こったときにも、必ず誰かが立って糸玉を受け止めなければならないと誓いをたてさせた。

一行は不承不承ながら島に留まり、九つの月が過ぎた。逃げ出そうとするたびに、はじめと同じように女王は糸玉で船を引き戻し、毎回マールドゥーンが玉を受け止めるのだった。

九か月が過ぎたとき、みなは合議をひらいてマールドゥーンに迫った。

「マールドゥーンが島を離れる気がないのはあきらかだ。たいそう女王にご執心だから、逃げ出そうとするたびに糸玉を受け止めて、われらを連れ戻させるのだ」

マールドゥーンが答えた。「次は誰かほかの者に糸玉を受け止めさせよう。それでやはり手に玉が吸い付くか試してみようではないか」

これにみな納得し、隙をとらえてふたたび海に漕ぎ出した。これまでと同じく、船が遠くまで行かぬうちに女王がやってきて糸玉を抛った。一人が受け止めると、マールドゥーンのときと同じように玉は手にしっかりと付いてとれなくなった。女王が船を手繰り寄せはじめた。そのときデュラーンが剣を抜いて男の手を切り落とし、手は糸玉もろとも海に沈んだ。他の者らは意気揚々と櫂を漕ぎつづけ、船はふたたび海路に就いた。

女王はこれを見て嘆き悲しみ、手を揉み絞り髪を掻き毟った。侍女たちも泣き叫んでは手をうちあわせ、宮殿中に悲嘆の声が満ちた。だが船の男たちは漕ぐ手をやすめず、陸を遠ざかっていった。こうして一行は島を逃れたのだった。

二十九章

酩酊の果実の島

長いこと波に揺られたのちに見えてきたのは、木々の生い繁る島だった。榛に似た木には、見たこともないような、非常に大きく形は林檎に似ているが、皮は苺に似てでこぼこした果実がなっていた。

一行は小さめの木から実をすべて摘み取ってしまうと、誰が初めに食べるかで籤を引き、マールドゥーンが当たりを引いた。そこでかれは実を掴んで汁を水差しに絞り、飲み干した。するとたちまち深い眠りに落ち込んでしまったが、普通の眠りというよりは昏睡ともいうべきで、ぴくりとも動かず息も通わず、唇には紅い泡が浮いていた。まる一日のあいだ、みなはマールドゥーンが生きているのか死んでいるのか見当もつかなかった。

ようやく目を覚ましたマールドゥーンは、果実を船に積めるだけありったけ集めよとみなに命じた。かれの言葉によれば、世界広しといえど、このような妙なる飲み物はまたとないという。一同は果実を絞って器という器を満たした。飲み物のもたらす酩酊と眠りはあまりに強いので、水で薄めてからでなくてはとても飲めなかった。

      

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