第一章第二章~第六章 >
かつてニヌスのオウィナハト†1の民のうちにアリル・オカル・アガという名だたるつわものがいた。勇猛な戦士で自身の土地と民を統べる長だった。あるとき、館の守りが手薄な折に、船で海を渡ってきた略奪者たちが領土を荒らしだした。アリルはドゥークルーンの教会に逃げ込んだ。しかし侵略者たちは教会まで追ってきて、かれを殺して教会を焼き落とした。
アリルの死後ほどなくしてかれの息子が生れ落ちた*1。母親は赤子をマールドゥーンと名づけた。誕生を内密にしたかった母親は、親しい仲の女王に息子を託した。女王は赤子を引き取り、自らの子ということにした。子供は王の息子らとともに育てられ、同じ揺りかごに眠り同じ乳を吸って同じ杯から飲んだ。子供は非常に美しかった。人々はかれを見て、こんな美しい子供はこの世に二人とあるまいと感嘆した。
長ずるにつれ、マールドゥーンは優れた心ばえを顕わしはじめた。意気高く寛大で、男子ににふさわしいあらゆる技の鍛錬を好んだ。球技、駆け比べに跳び比べ、石投げ、将棋、舟漕ぎ、競馬などで王の館に集う若者らのすべてを凌ぎ、あらゆる競争で誉れを勝ち得た。
ある日若者らが競技に興じていたところ、一人がマールドゥーンへの妬み心を発し、苛立ちを隠せぬ口調で嘲った。
「まったく恥というものではないか。力でも技でも、陸でも水でも勝ちを譲らねばならぬのが、こんな氏素性の知れぬ、父母が誰かもどの一族の者かもわからぬ若造だとは」
これを聞いてマールドゥーンははたと動きを止めた。このときまで、自分はオウィナハトの王の息子であり、自分を育ててくれた女王が母であると信じて疑わなかったのだ。そこですぐさま女王の許へ行くと、さきほどの出来事について話し、こう告げた。
「私があなたの息子でないのなら、本当の父と母が誰なのか話してくださるまで、なにも飲みもせず食べもしません」
女王は宥めようとして言った。「どうしてそんなことにこだわるのですか。そなたを妬む者の言うことなどほうっておおきなさい。そなたにとっては、わたくしが母ではありませんか。国中探しても、わたくしより息子を愛する母親がおりましょうか」
マールドゥーンは答えた。「おっしゃるとおりです。それでもわが父母についてお教えいただきとうございます」
そのようすに、どうあってもはぐらかすことはできぬと悟った女王は、かれを母の許に連れて行ってその腕に委ねた。しばし言葉を交わしたのち、息子はおのれの父について尋ねた。
「おまえは甲斐もないことを求めているのですよ」母は答えた。「お父さまについてすべてを知ったところで、得になることもないし、嬉しい気持ちにもならないでしょう。おまえの生まれる前に亡くなったのですから」
「それでも、父が誰だか知りたいのです」
しかたなく母は真実を告げた。「あなたの父はアリル・オカル・アガ、ニヌスのオウィナハト一族の方です」
マールドゥーンは父の領土に向かった。乳兄弟である王の三人の息子たちは、いずれもマールドゥーンにおとらず見目よく立派な若者だったが、かれらもマールドゥーンに従った。一族の者は、見知らぬ若者がむかし略奪者に殺された首領の息子だと知り、また連れの三人は王の息子たちだと聞くと、歓呼で迎えて宴をはり、うやうやしくもてなした。これにマールドゥーンは気を良くし、屈辱を嘗めたこともすっかり忘れてしまった。
そうこうするうちにドゥークルーンの教会、すなわちマールドゥーンの父親が殺されたまさにその教会の中庭に若者たちが集まって石投げを競う機会があった。焼け落ちた教会の黒ずんだ屋根を越すよう石を高くほうり投げるという競争だったが、他の者に混じってマールドゥーンも加わっていた。かつて教会を領した一族に仕えていた者で、ブリクナという口さがない男が見物しており、マールドゥーンに向かってこう言った。
「ここで火に焼かれて死んだ男の仇をとればよかろうに、焼けたまま墓すらない骨の上に石を投げて遊んでいるとはな」
「誰のことだ」マールドゥーンは尋ねた。
「おまえの父、アリル・オカル・アガのことだ」
「誰が父を殺したのだ」
「船でやってきた略奪者どもがかれを殺めて教会ともども火をかけたのだ」ブリクナは答えた。「当の略奪者どもは、あいかわらず同じ船に乗り組んでのさばっている」
これを聞いてマールドゥーンの心は乱れ、悲しみに塞がれた。手から石を取り落とすと、外套を身体に巻きつけ、盾を背負った。仲間の許を去り、会う人ごとに略奪者の居場所を尋ねてまわった。長いこと消息を掴むこともできなかったが、ついに船が停泊している場所を知っているという人々に出会い、ずっと遠くで海を渡ってゆくしかないと教えられた。
マールドゥーンは略奪者どもを見つけ出し父の仇を討つことを固く決意した。ただちにコルコムロー†2のドルイド†3ヌカの許に赴いて
ドルイドはこと細かに知恵を授けた。いつ船を造りはじめるべきか、いつの日に航海に乗り出すべきかに加え、とくに乗り組む仲間の数について念を押し、きっかり六十人の精鋭でなければならない、それより多くても少なくてもだめだと言うのだった。
そこでマールドゥーンはドルイドの助言に残らず従い、三重に皮を張った大きな船†4を造り、腹心の友であるゲルマーンとデュラーン・レカードを含む六十人の乗組員を選び、定められた日に海へと乗り出した。
いくらも岸を離れぬうちに、三人の乳兄弟が浜に駆けおりてくるのが見えた。しきりに手まねし、戻ってきて乗せてくれと呼びかけている。自分たちも一緒に行きたいという。
「引き返すことはできぬ」マールドゥーンは言った。「それに連れて行くこともできぬ。すでに定められた頭数に達しているからな」
「戻らぬというのなら、泳いで後を追って溺れ死ぬまでだ」そう答えるなり、三人はざんぶと海に飛び込み、船を追って泳ぎはじめた。
マールドゥーンは三人を見殺しにするに忍びず、船をそちらに向かわせて三人を乗せた。
原注 1: オウィナハトという部族はアイルランドの南の地方にいくつかあった。この物語の部族は本文にもあるようにニヌスのオウィナハトと呼ばれていたが、『赤牛の書』の行間に書き込まれた注釈によれば、アラス(すなわちアラン島)のオウィナハトとも呼ばれた。クレア州北西部、アラン島の対岸あたりを勢力地としていた。
訳注 1: この作品では語られていないが、これより前、アリルは略奪に出かけた先で修道院に押し入り、尼僧を犯してマールドゥーンを身ごもらせたということになっている。
原注 2: コルコムローは古い地名であり、現在のクレア州北西部の郡にあたる。この地名の意味と歴史については、著者の『Origin and History of Irish Names of Places』第一巻、二章を参照されたい。
原注 3: 古代アイルランドのドルイドは、言葉のどのような意味においても「僧侶」ではなかったようである。一般的にドルイドらは、「知識の人」としばしば呼ばれたように、知識と権力を備えた人々とされる。癒しや予言の能力を備え、なにより魔術に長けていた。実際、アイルランドのドルイドは魔術師以外の何者でもなかった。そのため、「ドルイドの」にあたるゲール語は、ほとんど常に「魔法の」という言葉が当てはまるところで――すなわち呪文、まじない、変身などについて使われる。(O'Curryの『Lectures on the Manners and Customs of the Ancient Irish,』の講義ixを参照)
原注 4: アイルランドはもちろん、イングランドやスコットランドでも、古代の航海はカラフによってなされたようである。カラフは軽い木枠に皮を張った小舟、あるいはカヌーといったものだった。アイルランド西岸の大部分では今もなおカラフが使われているが、皮張りではなくタールを塗った帆布を張ってある。
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