バロールの息子は一心不乱に考えごとをしていた。眉間にしわを刻み、目鼻が一点に寄り集まるほどきつく顔をしかめ、顔の両脇に垂れたまっすぐな髪を両手でぎゅっと掴んで、なんとか頭を肩の上に繋ぎとめておこうとしているように見えた。考えごとで頭がはちきれそうで、頭のてっぺんの髪は逆立っていた。
「もうがまんできない」きっぱりと言う。「逃げだしてやる」
彼は立ち上がり、決然と歩きだした。
「そうだ。逃げだしてやる。ぜったいやってやる」
「栄えある若君、お呼びですか」一の侍従が部屋に入ってきた。
「いいや」バロールの息子は言った。「呼んでない。おまえの顔も二の侍従の顔も見たくないけど、ひっこんでいられないんなら、せめて教えてくれ、もしぼくがバロールの息子じゃなかったら、一日なにをしていられるだろう。もしぼくがふさふさ耳の
「なにか役に立つことを覚えていたかもしれませんね」一の侍従は答えた。「自分で身をたてなくてはなりませんから。それに、なにか口に出して言うときは、よくよく考える必要があるでしょうね」
「よく考えていたさ」王子は言った。「そしたらおまえに邪魔された。これから邪魔されないよう庭に行って、よくよく考えてみる。呼びにやるまで来ないでよ、それか緑竜のパレードを見る時間になるまで」
彼は頭をそびやかして歩きだした。心の中では、いつだったか父王が、居並ぶ相談役たちに向かって、きさまらは馬鹿だと言い放ったときの歩きかたを思いだしていた。その調子でバルコニーから大理石の階段を下り、石畳の小径を歩いて庭を抜け、バロールの庭園の果てに空をしめだすようにそびえている、のっぺりした壁のところまでやってきた。
壁の陰に立つバロールの息子は小さく無力に見えたが、自分では無力だなどと思ってはいなかった。彼は手を打ち合わせて声をはりあげた。
「おいでぼくの遊びともだち
おいで喜びの炎
おいで林檎の森から
おいで銀色楢の木立から
おいで石榴の枝をわけて
おいで、おいで、ぼくの遊びともだち!」
大声で唱え終わると、こんどはささやくようにくりかえした。ぎゅっと目を閉じて、三度目を唱える。目を開けると壁の外だった。バロールの息子は石榴の木の下に立っていた。枝は長い時を経てごつごつとねじくれており、樹皮の光のあたっているところは銀色で、葉は
「ああ喜びの炎、ないしょの話があるんだ。ぼくはもう、だれもかれも、なにもかもおいて逃げだして、ずっときみの国にいるよ」
「だけどここは
「ぼくは常若の国で身をたてるつもりだよ。良き助言ってやつがほしいんだ」
「良き助言ならアンガスに訊ねたほうがいい」喜びの炎は言った。「おいで、探しに行こう」
ふたりが石榴の森を抜け、銀色楢の森を抜け、林檎の森まで来ると、花の咲いた木の下に常若のアンガスがいた。幹に背をあずけて座る彼は花ざかりの庭のように目にまぶしかった。身にまとった衣は色とりどりの刺繍がほどこされ、髪は頭の両脇で金の円盤に巻きつけてあった。小さな絃楽器を手にしてきまぐれに鳴らしている。すこし離れたところにプーカが座って、まじめくさってアンガスを見つめていた。どんな姿にもなれるプーカは、このときは金の斑のある白猫の姿をしていた。両耳に長く黒い房毛が生え、しっぽの先にも黒い房毛があり、金の鉤爪が光る足の裏も黒かった。
「まあ、お聞き」少年たちが近づいてゆくと、アンガスが話しているのが聞こえた。「こんなふうな歌だ」
わたしの愛する人はそよぐ葦のよう
歌ってはそよぐ
流れる川のほとりで
馬鹿なわたしは彼女の言葉を信じてしまう
いまだって――いつだって
なんて彼女はかろく、白く
まばゆく、いとしいのだろう
太陽も月も投げ捨てるだろう
彼女がここにいてくれるのなら
ああ、彼女が一途に思ってくれないものか
だれが知ろう!
それならわたしも利口になって
太陽を投げ捨てたりはしないだろうに
歌ってはそよぐ
流れる川のほとりで
馬鹿なわたしは彼女の言葉を信じてしまう
いまだって――いつだって
なんて彼女はかろく、白く
まばゆく、いとしいのだろう
太陽も月も投げ捨てるだろう
彼女がここにいてくれるのなら
ああ、彼女が一途に思ってくれないものか
だれが知ろう!
それならわたしも利口になって
太陽を投げ捨てたりはしないだろうに
「おいらのことを歌ってくれたんだったら、褒めてさしあげたんですけどね」プーカが言った。「詩人には励ましが必要ですから――とはいえ、でもねえ」
「なんだ」アンガスは言った。
「その歌は欠点だらけですよ。おいらでも、もっとましな歌をつくれます」
あなたがまばたきするのを見ると
わたしは思う
なんて詩人は賢いのか
けれどあなたの言葉はわたしを揺さぶり
あなたの言葉はわたしを
立ち上がらせ
追い払い
わたしにこう言わせる
ああ悲しいかな
わたしは思う
なんて詩人は賢いのか
けれどあなたの言葉はわたしを揺さぶり
あなたの言葉はわたしを
立ち上がらせ
追い払い
わたしにこう言わせる
ああ悲しいかな
「すばらしい哀歌だと思わないか、ねえバロールの息子」プーカがいきなり振り向いた。
「ぜんぜん意味がわからないよ」
「意味がわかったりしたら、おいらのささやかな詩の大事なところがだいなしだ」
「プーカ」アンガスが言った。「ちゃんと相手にわかるように話をしろとなんども言っているだろう」
「おっしゃいました」プーカは答えた。「だから一生懸命そうしているじゃないですか」
「アンガスに訊きたいことがあるんだ」バロールの息子が割ってはいった。
「おいらを通して訊いてくれ」プーカは言った。「アンガスは詩人だ。このさき百万年くらい、混沌の一角の文明世界とか呼ばれているところでは、詩人はタイピストと速記者と秘書をはべらせて身を守ることになるんだ。アンガスにはおいらしかいない。なにが望みだ」
「良き助言がほしいんだ」
「それより良き手本を求めるべきだね。良き助言より役にたつ」プーカは言った。
「どうしたらこの常若の国で身をたてることができるか知りたいんだ」
「それはむつかしい問題だ。なにかの技を持っていないと。その話ならアンガスがうってつけだ。詩人はあらゆる技の名人だからね」
「ぼくは詩人にはなりたくない」
「なろうったって、それらしくはとうていなれないよ。それじゃあ、ちょっとした奇術でも覚えて、見せものをして回ったらどうかな――もし文明世界に住んでいたら、宣伝屋になれるんだが」
「奇術ならやってみたい」
「よし、おいらを見て真似するんだ。まず右の耳を動かして先を曲げる」
プーカはふさふさと毛の生えた右の耳を震わせ、先を曲げた。
バロールの息子は右耳を震わせて先を曲げようとしたが、なんどやっても頭がふるふると動くだけで、どうにもならなかった。「できないよ」バロールの息子は言った。
「おまえの手はなんのためにあるんだ」アンガスが口を挟んだ。「見てごらん」アンガスは手を右耳に添えて耳を動かし、折り曲げた。
「やってみる」バロールの息子は勇みたち、右耳をしっかりと掴んで動かした。ところが折り曲げようとしたところで、耳がすっぽりと取れてしまった。
「なんて哀れな子だ」プーカは嘆いた。「知らないのか、常若の国はバロールの国みたいに頑丈じゃないんだぞ。優しく触らないと。ほんとうに触るだけ。指いっぽんで耳にそっと合図するぐらいでよかったんだ」
「びえーん、えんえん」バロールの息子は泣きだした。
「みっともない声を出すな」アンガスが言った。「泣くことはない。もういちど頭の横を触ってごらん」
アンガスは哀れな子供の右手をとって頭の右側にあててやった。するとどうだろう、たしかに耳は元の場所にくっついた。
「アンガス」プーカが呼びかけた。「こいつには力仕事が合ってるんじゃありませんか。鎚を打ったりとか、木を根こそぎ引っこ抜くとか」
「木が気を悪くしたら困る。でも鍛冶屋ならいいだろう、鉄を鍛えるんだ。馬の蹄鉄を打ったらいい」
「いいよ」バロールの息子は言った。「ぼく馬の蹄鉄を打つ」
「よし」プーカが言った。「アンガスが助けてくれるよ」
眼を閉じて
右に三度回って
左に三度回って
鼻をこすれ
右足で三度跳びはね
左足で三度跳びはね
眼を開けろ
さあ贈り物を見てごらん
右に三度回って
左に三度回って
鼻をこすれ
右足で三度跳びはね
左足で三度跳びはね
眼を開けろ
さあ贈り物を見てごらん
バロールの息子がプーカに言われたとおりに回り、言われたとおりに跳びはね、眼を開けると、アンガスがなめした牛の革だけを身につけた姿で
アンガスはバロールの息子にどうやって鉄を火で柔らかくするかやってみせ、鎚で打って形をつくり、硬くするために水に沈めてしゅうしゅういわせるところも見せてやった。また鍛冶屋が仕事の景気づけにうたう唄も教えてやった。
ディン ドン ディセロ
ディン ドン ドー
馬に蹄鉄打ちましょか?
そうかい
それじゃこっちへよこして
ディン ドン ディセロ
ディン ドン ドー
ディン ドン ドー
馬に蹄鉄打ちましょか?
そうかい
それじゃこっちへよこして
ディン ドン ディセロ
ディン ドン ドー
「どうだ」アンガスは言った。「これで馬の蹄鉄を打つ方法がわかっただろう。練習台に小さいポニーか小さな足のかわいいロバがいるな」
「おおっきくてりっぱな馬がいいよ」バロールの息子は言った。
「聞いたか、プーカ。想像できるかぎり一番大きなケルピーに変身したほうがいいぞ」
「ケルピーって?」バロールの息子は訊ねた。
「ケルピーは馬にそっくりだが、海に潜ることができて、水の中でも地上と同じように生きられるのだ。ケルピーに蹄鉄を打てたら、どんな生き物にでも蹄鉄を打てる」
「ああ、お願いだよ、優しいプーカさん、変身して」
プーカはぽんと手を叩くと高く宙に跳び上がった。着地したときには、それはもう、おそろしく巨大な白馬の姿になっていた。その眼は氷のように青く、しっぽは雲のようにたなびいている。
「ほら、これがケルピーだ」アンガスが言った。
ケルピーは鼻を鳴らして跳ねまわり、そこらじゅうの土を蹴りとばした。さかんにたてがみを振りたてるのが崩れる波頭のように見え、鼻からは泡が噴きだしていた。
「思ったより大きすぎるみたい」バロールの息子は言った。「喜びの炎にやってもらったらだめ?」
「だめだ」アンガスは答えた。「おまえがやるんだ。だが、蹄鉄をひとつ打つことができたら、それでじゅうぶんだ」
「アンガス」プーカのケルピーが口を挟んだ。「おいら、あんまり蹄鉄を打ってほしくないような気がするんだけど。そんなことしたら、おいらのくだらなさがなくなっちゃうかも――ところが、くだらないってのが、いちばんおいららしいところなんだ」
「その心配はない、プーカ」アンガスが言った。「おまえのくだらなさは無尽蔵だ。それどころか、新しい領域を獲得することになるのだぞ。なぜなら、しかるべき蹄鉄がひとつあれば、おまえは文明世界に足を下ろすことができるのだから。神話の世界から文学の世界に踏みだせるのだ。ひとびとはおまえの像をつくり、おまえのことを本に書く。ひとはおまえをブケファルスと呼ぶだろう――あるいはベレロフィム――ヘリオポリス――ヒッポグラフ――」
「そんなに名前はいりませんよ」プーカは言った。
「プーカ、こういった名前は琥珀の玉のようなものだ。名前で首飾りをつくれる。それぞれの耳に名前をぶら下げて、すばらしく美しい飾りにもできるだろうに」
「さっきの名前、文字ではどう書くの?」バロールの息子が訊ねた。
「とりあえず、そんなことはどうでもよい」アンガスは答えた。「ケルピーに蹄鉄を打つのがおまえの仕事だ。喜びの炎が奴を押さえておいてくれる」
「だったらやりかたを教えてくれなくちゃ」バロールの息子は言った。「それに、教えるんだったら、自分でやってみせないとだめだよね。良き手本は良き助言に優るってね」
「おまえも頭がまわるようになってきたとみえる。わたしがケルピーの蹄に蹄鉄をあてがうから、おまえは釘を打て」
そうしてふたりがうまく仕事をやりとげ、ケルピーの蹄のひとつにしっかりと蹄鉄が打たれると、アンガスは言った。
「バロールの息子よ、おまえに炎と鉄床と鉄をさずけよう。喜びの炎は手助けせよ。運を試すがいい。来い、プーカ、われらは行かねばならぬ」
「アンガス」プーカが言った。「あなたの心臓はダイヤモンドでできているんでしょうけど、おいらには情けってもんがあるんですよ。おいらはもうちょっとここにバロールの息子といて、つぎに蹄鉄を打ってもらいに獣がきたときには、良き助言のひとつもしてやろうかと」
アンガスが笑って行ってしまうと、プーカはふたたび猫の姿に戻った。こんどは青い毛皮で黒の縞や斑があった。耳には黒く長い房毛が生え、しっぽの先も黒かった。爪は磨いた黒玉のようにつややかだった。猫は鉄床のそばに座り、炎のちらちらする光をうけていた。
バロールの息子にはとても長い時間が過ぎたように感じられたが、林檎の木の下の鍛冶場に名人の技を求めてやってくる者はひとりもいなかった。夕暮れが迫り、影が紫色に深まるころ、ついに若い男と不思議な獣が近づいてくるのが見えた。男はすらりとして美しく、頭から足までを覆う衣はしなやかに身体に添い、ちりばめられた宝石が歩みにつれて瞬くように輝いていた。金色の靴はつまさきが反りかえり、足の運びは優雅だった。片手に一輪の薔薇を持ち、もう片方の手は不思議な獣の首においていた。獣は馬そっくりだったが、ただ違うのは、額に長いまっすぐな角が生えていた。
「この胸の心臓にかけて」喜びの炎が声をあげた。「職人を求めてやってきた人だ」
「ねえ、あの動物はなに」バロールはささやき声で訊ねた。
「あれはユニコーンだ。あの人はペルシャの詩人で、千年ものあいだ夢を見ながら歩いていくんだ。大きな声を出したらだめだよ、もうすぐユニコーンに蹄鉄を打ってくれないかって頼んでくるから」
ユニコーンは純白だった。足どりは詩人よりも優雅で、歩きながらあたりを横目に眺めていた。その眼はエメラルドの緑色だった。
「あの見た目は気に入らないよ」バロールの息子は言った。「あれに蹄鉄を打つのはいやだ。角で刺すかもしれないし、噛むのと蹴るのと突くのをいっぺんにやるかも。よそへ行くように言ってやってよ」
「詩人が奴をおとなしくさせてくれるよ」プーカが言った。「詩をちょっと聞かせてやれば、ユニコーンは眠ってしまう」
詩人とユニコーンはゆっくりと林檎の木の下の鍛冶場に近づき、すぐそばまで来ると足を止めた。
「わたしはこの美しきものを月の女神の庭から誘いだした」詩人は言った。「これは木々のあいだで白い蓮の花のように輝いていた。静まりかえった池に生えた葦の茎のあいまにのぞく白い蓮の花のように」
ユニコーンは緑色の眼を閉じて眠りに落ちた。
「蹄鉄を打ってほしくない? ぼくやるよ。すぐにできる」バロールの息子は言った。
「しかるべき準備は整っているのかね」詩人は訊ねた。
「炎と鉄床と鉄があるよ、訊きたいのがそういうことなら」
「鉄など」詩人は軽蔑もあらわな声でうんざりしたように言った。「月の心にかなう金属だとでも思うのか? おまえは錬金術師でも占星術師でもないな。もしそうなら、あの鈍重で有害な金属を司るのは火星であると知っているはずだから。べつのところで鍛冶の名人を探そう」
「歌の千の真珠の君よ」プーカが声をあげた。「行かないでください。必要なことはおいらがわきまえています。おいらは栄えある鍛冶屋のしがない下働きの猫です。この方は、おいらがまだ生まれて六週間の子猫だったころ、占星術と錬金術の知識をさずけてくださって、それいらい、おいらがその知恵を守っているのですが、この方のほうは、あまりにも知りすぎているのが重荷で、知識を忘れてしまわれたのです。おいらは月の女神の御心にかなう金属は銀だとちゃんと知っています」
「どういうこと?」バロールの息子は小声でこっそりと訊ねた。「ぼくら銀なんて持ってないじゃないか」
「詩人が持ってる」プーカも小声で返した。
「では銀で蹄鉄を打ってもらおう」詩人は言った。
「文明世界の薔薇よ」プーカが言った。「ただの銀ではふさわしくありません。あなたが詩の息吹で清め、香りを移した銀でなければ。この方の鍛冶の技はそれはすばらしいものですから、あなたの指輪から蹄鉄をつくることができます」
詩人は月長石のついた指輪をはずした。「この銀で蹄鉄を打つがよい」
バロールの息子は鎚をふるって叩きに叩き、とうとう蹄鉄ができあがると、それはとても薄く繊細で、ほとんど目に見えないくらいだった。
「じゃあこんどは、ユニコーンに蹄鉄を打つよ」
喜びの炎がユニコーンの後ろ脚をそっと持ち上げ、バロールの息子が蹄鉄を打とうとしたが、一本目の釘を打ったところで、ユニコーンが目を覚ましてバロールの息子を林檎の木のほうへ蹴りとばした。しかもそれだけではない。喜びの炎の胴着を喰いちぎり、プーカを角で突こうとした。プーカは跳びあがって宙返りをし、猫らしく、みごとに四つ足で着地した。
「おお、激しくも美しき力の源よ」詩人が声をあげた。「おお、聖なるもの、われはおまえの頭の愛らしい動き、いっそう愛らしい脚の律動を愛す!」
ユニコーンは緑の眼を閉じて眠りこんだ。
「いまだ」プーカはバロールの息子に言った。「もういちど!」
「いやだよ」バロールの息子は言った。「こいつの蹄が届く範囲には近寄らない、お金を稼げなくったってかまわないよ」
「しからば、ここにぐずぐずしていてもしかたがないな」詩人が言った。
「おお、甘い舌の魔術師よ」プーカが言った。「ユニコーンに蹄鉄を打つことができる人間がいるとすれば、こちらの鍛冶屋よりほかにありません。釘をぜんぶ打ってしまうまで、詩を唱えつづけてくださればよいのです」
「長詩を朗唱するのがよいかもしれんな」詩人は言った。
「知恵の主よ、まさに名案です。長詩をご披露ください」
詩人が朗唱を始めると、言葉につれてユニコーンはますます深い眠りに落ちこんでゆき、身体が留守になってしまったように見えた。
「ねえバロールの息子、ほら、はやく」プーカがせきたてた。「そいつが溶けてしまう前に蹄鉄を打ってしまわないと。うっとりして薄れていっているのがわからないかい? たとえユニコーンだって、長詩の最後までは耐えられないよ」
バロールの息子はおそるおそるユニコーンに近づいた。喜びの炎がユニコーンの後ろ脚をそっと持ち上げた。バロールの息子は銀の蹄鉄をあてがい、せっかく万事首尾よくいきそうだったのに、釘を打ちそこね、勢いでよろけてしまった。とっさにしがみついたのは、間の悪いことに、ユニコーンの長くふさふさとしたしっぽで――それは頼りなく手応えもなかった! ひとひらの月光でできているかのようなしっぽを手が突き抜けた。勢いは止まらず、ユニコーンのお尻が眼前に迫り、そして倒れこんだ先にはなにもなかった。ユニコーンがくしゃりと潰れる。霧のように消えてゆく。もう影すらも残ってはいなかった。
バロールの息子は、むやみと乱暴に、どっかと腰を下ろした。
ペルシャの詩人が驚いたように彼に目を向け、指のあいだから薔薇がはらりと落ちた。詩人は手振りで別れを告げた。バロールの息子は刺繍のほどこされた衣を握りしめてすがった。
「戻して」彼は叫んだ。「ユニコーンを戻してよ!」
しかしペルシャの詩人は首を横に振り、疲れたように微笑んだ。バロールの息子には、詩人もまた薄れて消えてゆくのがわかった。いっそう強くしがみつこうとしても手応えはなく、ただ声だけが、ほとんど実体もなく、嘲りを含んでゆるやかに漂ってきた。
「悲しいかな、きみ、なんと
「たいしたものじゃないか!」喜びの炎が怒りに地団駄を踏みながらわめいた。「たいしたものだね、まるでそこいらの麒麟か、太陽に見捨てられ、月に忘れられたきみの国の獣みたいにユニコーンをあつかうなんてさ! たいしたものだ!」
プーカは鉄床のそばの自分の居場所を離れず、揺れる炎の光をうけていた。彼は自分だけに向けたひそかな笑いを笑いつづけ、それは、ぶざまなでかい図体と愚かな心を持つ人間族の気持ちを逆撫でしたくないときに猫がやる笑いかただった。バロールの息子はプーカの横に座りこみ、泣いて、泣いて、泣きまくった。どうしようもなく泣きつづけ、しばらくすると、なぜ泣いているのか、いまどこにいるのかもわからなくなった。泣きやんでみると、そこは自分の部屋のベッドの中で、一の侍従がしかめつらで枕元におり、二の侍従が足元に控えていた。
枕に埋もれたバロールの息子は、身を起こして座った。両手で頭を抱え、はちきれそうな考えごとで頭が飛んでゆかないように押さえているかのよう、そして頭のてっぺんの髪は、はちきれそうな考えごとでぴんと逆立っていた!