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二十一章

巨人の鍛冶屋の島

その後長く波に揺られつづけたが、ようやく彼方に陸地が見えてきた。近づくにつれ、巨大なふいごの吼え声と、鍛冶屋の鎚が鉄床の灼けた鉄の塊を打つ轟音が聞こえてきた。その鎚音たるや、大勢の鍛冶屋がいっせいに大鎚を振り下ろしたかのように耳をつんざいた。

さらに近づくと、鍛冶屋が仲間同士でなにやら勢い込んで会話を交わしているのが聞こえた。

「もう来たか?」

「しっ、黙れ」

「おまえら、いったい誰が来たって?」

「ちっせえ奴らだよ、ちっぽけな船でこっちにやってくる」最初に口をきいた鍛冶屋が答えた。

これを聞いたマールドゥーンは、あわてて漕ぎ手に命じた。

「すぐに戻れ、だが船の向きを変えてはならん。櫂を反対向きに漕いで、艫を先にして進むんだ。巨人どもに逃げるのを気づかれないようにな」

漕ぎ手はただちに従い、言われたように艫を先にして島から遠ざかりだした。

「もう岸のほうまで来たか?」一人目の鍛冶屋がふたたび口を開いて、沖を見張っている仲間に尋ねた。

「やすんでいるみたいだな。近づいているようには見えないが、船の向きを変えてもいない」

いくらも経たぬうちに一人目がまた尋ねた。「今はどうしている?」

「どうやら」見張りが答えた。「逃げていくようだ。さっきより遠くにいるように見えるからな」

これを聞いた一人目が鍛冶場を飛び出してきた。雲衝くような逞しい大男の右手に握られたやっとこには、炉から出したばかりの巨大な鉄の塊が真っ赤に灼けて火花を散らしていた。巨人は大股に重い足音を響かせて波打ち際まで走ってくると、灼けた鉄塊を力のかぎり船のほうへ投げつけてきた。塊はわずかに届かず舳先の目と鼻の先に落ち、あたり一面の海が沸き立って船を翻弄した。だが一同は漕ぐ手をやすめず、つぶての届かぬところまで離れ、大海原へと漕ぎ去った。

二十二章

水晶の海

しばらくして、海が碧の水晶のように凪いだあたりにさしかかった。あまりに静かで透き通っているので、水底で砂が陽光にきらめいているのが見えるほどだった。このあたりでは怪物も奇怪な獣も険しい岩礁も見ず、ただ澄んだ水と陽光と輝く砂があるばかりだった。一日中ずっと凪いだ水面を旅し、まばゆい美しさに賛嘆した。

二十三章

波の下の美しい国

次にさしかかったあたりでは、海は薄い雲のようにおぼろに透き通っていた。きわめて儚くもろく見えたので、船の重みを支えられぬのではとあやぶんだほどだった。

見下ろすと、澄んだ水底に美しい風景が広がっており、木立や森に囲まれた屋敷がいくつも散らばっていた。なかに、ぽつんと離れて立つ一本の木が目を引いた。枝には見るからに獰猛そうな獣が立っていた。

木の周りで牛の群が草を食んでおり、盾と槍と剣で武装した男が番をしていた。だが、ふと木を見上げて獣が上にいるのに気づくと、すぐさま背を向けて一目散に逃げていった。獣の首が一直線に地上まで伸びて群のなかでもいちばん大きな牛の背に牙を突き立て、そのまま樹上に連れ去るや瞬く間に一呑みにした。群は散り散りに逃げ去った。

一部始終を見ていたマールドゥーンらは震え上がった。この霧のような頼りない海に船を進めて獣の上を通り過ぎられようとは、とても思えなかったのだ。だが苦労して船を操り、なんとか無事に渡ることができた。

二十四章

水の壁に護られた島

次にやってきた島では、驚くべき光景を目にした。島の周りの海面が高くそそり立ち、ぐるりと壁に囲まれているようだった。島民は船がやってくるのを認めると、あたふたと駆けまわり、口々に叫んだ。「やつらが来たぞ、やっぱりだ。また荒らしにやってきたんだ」

群集は見る見るうちに膨れあがり、男も女も大声を上げて馬や牛や羊の群を追い立てていった。一人の女が大きな木の実をつづけざまに投げつけてきた。木の実は船の周りに落ちて浮いていたので、かきあつめて蓄えとした。

島を離れようと船首を巡らすと、叫びはやんだ。男が声高に尋ねるのが聞こえた。「やつらはどこへ行った」すると誰かが答えた。「行ってしまったぞ」

見聞きしたことから察するに、いつの日かこの島を略奪者が襲うという予言があり、島民はマールドゥーン一行をその敵だと思い込んだのだろう。

二十五章

空中の水の拱門

次の島でもまたすばらしい光景を目にした。水際から太い水柱が噴きあがり、宙で弧を描いて島の上をとおり、また反対側の水際に落ちていた。水の拱門の下をくぐっても濡れることはなく、鮭を引っ掛けて落とすこともできた。大きな鮭が数え切れぬほど次から次へとまっさかさまに落ちてくるために島中が魚臭く、掻き集めてもきりがないのでしまいにはうんざりするほどだった。

日曜の日暮れから月曜の日暮れまで噴水は途切れることなく、また微動だにせず、水の拱門となって島をまたいでいた。一行はとくに大きな鮭を選って船に積めるだけ積みこむと、ふたたび大海原めざして帆を上げた。

二十六章

海の銀の柱

この後に一行が遭遇したのは、海にそびえたつ銀の柱だった。柱には八つの面があり、それぞれ櫂ひと漕ぎ分の幅だったので、櫂を八漕ぎすると柱をひとめぐりできた。柱は陸地もない海のただなかにそびえ、海中を見下ろしても根元は見えず、また見上げても頂は見えなかった。

上から銀の網が海まで垂れ下がっており、柱のひとつの面から遥か遠くまで広がっていた。網の目は粗く、帆をいっぱいに上げた船が通り抜けられるほどだった。通り過ぎざまに、デュラーンが槍の穂先で網をひと薙ぎして大きく切り取った。

「網を破ってはならぬ」マールドゥーンが言った。「われらが目のあたりにしているのは、偉大な民のわざなのだ」

「神を讃えるためにしたことだ」デュラーンは答えた。「それに、ひとがおれたちの冒険の話をすぐに信じてくれるように。ふたたびエリンの地を踏むことができたなら、この銀をアーマーの祭壇に捧げ物として供えるつもりだ」

のちにアーマーの教会で量ったところでは、銀の網の切れ端は二オンス半の重さがあった。

柱の天辺のほうで誰かが澄んだ高らかな声で楽しげに話しているのが聞こえたが、何を言っているのか、どこの言葉を話しているのかはわからなかった。

二十七章

柱の上に立つ島

次に現われた島は一本足エンコスと名づけられた。そのいわれは、一本の柱が真ん中で島を支えていることにあった。島に上がる方法はないかと、ぐるりと船を巡らせたが、船を着けられる場所は見あたらなかった。柱の根元のほう、海のずっと深くに、ぴったりと閉ざされ鍵の掛けられた扉があり、これが島への入り口なのだろうと思われた。住人がいるのかどうか確かめようと大声で呼ばわったが、いらえはなかった。しかたなく島を去り、ふたたび沖をめざした。

      

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