王陶陳ワン・タオチェンはいにしえの事物を愛した。漁師をしていたのもそれが理由だ。当世はまことにどうしようもない、ほうっておくのが一番だ。それにひきかえ、湖の中ほどまで漕ぎ出せば、遠景は一面の青い靄となり、天地は青玉色のうつろ、そこで人はいにしえの平安を呼吸し、心ゆくまで不死の追究に身を委ねられる。古典を学ぶことによって、感覚を平らかにすることによって、ひろい仁慈の心を育むことによって、王陶陳は有為転変を超える者たらんと欲した。仙人――すなわち覚者、不死者たらんと。
 立身出世の望みはとうに捨てていた。仕官によって改革の道を見いだせるというなら、考えないでもなかったのだが。科挙に登第して地方官吏の職を奉じ、出世の階梯を登り、知識と人徳を役立てる。泰平の世をもたらすのはもちろん、やがては漢朝分裂の後の諸国統一さえ成し遂げたかもしれない。しかしあいにくと、栄達に通ずる道はふたつしかない――武力と謀略である。そして皮肉なことに、これらふたつの道は、つねに最後は失脚に至る。官位を騙り盗り、あるいは殴り盗るがはやいか、その他おおぜいの騙り屋、殴り屋の餌食としてつけねらわれ、せいぜい一、二年の後には、敵のうち最も巧妙なだれかにとって代わられるほかなく、刑部に送られ、悪くすれば頭ひとつぶん背を縮めるはめになる。出世に伴うこのような不利を考えれば、その魅力もかすむというものだ。王陶陳は見切りをつけた。
 政治からは身を退き、野望はもっと神秘な分野に振り向けた。無為にして時代に善をなし、自然にしてタオを究めるのだ。暴力に傾く世にあって和を保ち、欺瞞が横溢するなかで廉直、飽くことない野望の時代において清雅かつ無欲。利権にまみれた官職は小人に任せるがいい、自分には湖の静謐な青と空の茫漠たる青があればよい。それこそ魂が鑑み比肩すべき境地、天に鑑み天に比肩する、無憂の静寂な境地。――そこでなら、人は一日思いわずらわずにいられるだろう、隣人であった無教養な李曠明リー・クァンミンがすでに地方に位を得て甘い汁を吸い、浅薄で見栄張りの範考生ファン・カオシェンが進士に登第し、周囲の鈍物どもに誉めそやされていることなどを。このおれに、あいつらの古典の試問をさせてくれたなら……!
 漁師とは、なるほど観想者にうってつけの生業である。なんの邪魔が入ることもない――魚が針に食いついてこないかぎりは。王陶陳は魚たちの不作法に一、二年のあいだは耐え、夕方には家で待つ妻のもとに上々の釣果を持ち帰るのが常であったが、それも俗世の野望や欲望がきれいさっぱり――そんなふうに思えたのだ――払い落とされるまでのことだった。やがて李や範の成功を聞いても心乱されぬようになり、自身は専一に叡智を求めて精神的にひときわ成長したとき、書物を捨てて純粋な瞑想に向かうとともに、竿の当たりもわずらわしく思うようになった。彼はいにしえの賢人たちに倣うことにした。きわめて簡単なことだ。糸を垂れる前に釣り針をまっすぐに伸ばすだけでいい。陶庭タオティン湖の鰭と鱗を持つ生き物すべてが、かわるがわる針に食いついても、王陶陳の心の枝から平安という果実が落ちることはない。賢明な案であり、じつにうまくいった。
 妻にも言い分があるのではないか、そう思うかもしれない。幸いなことに、王陶陳にはまったく心配する必要がなかった。おれは幸運だ――と王は考えた――菩禧プーシーのような家内がいて。夫のゆく選ばれた者の道をともに歩むことこそできなくとも、彼女は不平も言わず騒ぎもせず、彼方の道の端に、さながら歩哨のごとく立っていた。小柄なおとなしい女で、頭の巡りは遅いながらも家事には有能、けっして夫に迷惑をかけなかった。いっぽうで夫からは物質的な生活の全般において無条件に頼られ、いっさいを任されていた――まさに無辺の夫婦愛といえよう。漁村にあるふたりの家は、たしかに必要不可欠とはいえ、不死を追い求める者にとっては、顧みる価値もないものだった。うたがいなく、菩禧は深く夫を愛し、しかるべき尊敬の念を抱いているだろうから、夫の行動に口を挟もうなどとは夢にも思うまい。
 それでも菩禧は一度、まだ結婚して間もないころ、理の当然に逆らわず科挙を受けるよう、やんわりと夫に意見したこともあったが、少し反駁されただけですぐに黙った。魚については、今後はもう家で食べるぶんも売るぶんもないのだと、いずれ妻も自然に悟るだろうと王陶陳は考えた。そうわかれば、菩禧は当然ながら、いっそうまめに働いて暮らしをたちゆかせようとするにちがいない。家の中は安泰で面倒も起こらないだろう。
 そのような次第となった。しかし、菩禧はある夜、夫の釣り道具を調べて、まっすぐな釣り針を見つけだし、それから幾月も思案しつづけた。やがてどうしても魚が諦められず、夫が寝ているあいだにこっそり起きだして、釣り針を念入りにもとの形に曲げ直し、餌をつけると、うまくゆけばいいがと思いながら、ふたたび眠りに就いた。
 王陶陳はなにも気がつかなかった。もしかすると、釣り道具をまとめて出かけようとしていたとき、戸口に隣人が現れ、夕方には返すからと言いながら網を借りていったせいかもしれない。口にこそ出さないが苛立たしい邪魔で、そのせいで注意がおろそかになったのだろう。湖に漕ぎ出し、釣り糸を垂れたところで、ようやく平常心が戻ってくるかと思いきや、竿に当たりが来た驚きで、ふたたびどこかへ行ってしまった――またそれが、無視しようにもできないほどの当たりだった。魚が泳ぎだし、王陶陳は引きずられた。あまりの勢いで水面を滑ってゆくため、竿を手放すことさえ思いつかなかった。どんどん遠くへ、息もつかせぬ速さで進みつづけ、とうとう昼どきになった。ふいに小舟が止まり、糸がだらりと垂れた。たぐって見ると、釣り針の餌はそのままで、このできごとには、いったいどんな意味があるのかと考えこんだ……。
 いまいる場所に見覚えはないが、以前に訪れたどこよりも美しかった。湖の中央をはるかに離れ、険しい山々の懐に入っていた。水面はさざなみひとつなく山々の美を映し、岸辺は、こちらに翡翠よりも色鮮やかな葦が生えているかと思えば、あちらには芙蓉が咲き誇るといったふうだった。山の高みの松林のあいだに、青い瓦屋根の小さな寺院が神秘的なたたずまいを見せていた。はるか彼方の崖の上、そそり立つ絶壁の頂から、低い松の木立が天と地のあわいになかば身を乗り出し、繊細な羽毛に似た片雲が磨かれた銀のようにまばゆく輝きながら、釉薬をかけた磁器よりも青い空に漂っている。斜面の林から聞こえる鳥のさえずりは、めずらしく、あやしいほどに美しかった。耳を澄ますうちに、王陶陳は己のなかに生命の躍動を、静かな聖性の高まりを感じた。西王母の園より流れ出る不死の気を吸いこんだかのようだった。岸も水面も、常の世より鮮烈でもあり静謐でもある光に満たされていた。
 その場所の精気に好奇心を刺激され、行動へと駆りたてられた王陶陳は、櫂を手にとって漕ぎはじめた。断崖を回りこみ、入り江にはいる。進むにつれて、美と神聖さの源に近づいているという予感が募った。入り江のとば口には、松の木に覆われた小高い島があるため、よほど岸に近づかなければ、たいていは入り江に気づかずとおりすぎてしまうだろう。中に入れば――島と山々のあわいに、彼という存在のすべてが詩と平安の域へ高められた。息を吸うたびに喜びに貫かれ、感覚は鋭敏になった。左右にそびえる山々の松は絶妙な深緑に染められている。長い尾をした青い鳥が燃える宝石のように木々のあいだを飛びまわり、林を抜けて水の上を飛んだ。水面は金剛石のごとく澄み、山々と松と繊細な雲の漂う美しい空の織りなす魔法を映し、また斜面のふもと、そして谷底にもひろがる奇蹟の光景、数えきれないほどの桃の木に紅い花が咲き誇り、夕映えに染まる雲のように輝くさまを映した。
 入り江の奥へ、神仙の桃の木が落とす影の下へと漕ぎ寄せ、深く水を湛えた狭い渓谷に入っていくと、それは至福と驚異の秘境へと彼を導く通路であるように思えた。花びらはゆるやかな紅の雨となって降りそそぎ、淵の中ほどにいてさえ、見上げても、空の青はわずかな裂け目に覗くだけだった。曲がりくねった水路に沿って進むうちに谷間が大きくひらけ、林はまばらになり、――岸辺に家が一軒、――また一軒、そしてまた一軒と増え、こぢんまりとした里になり、穏やかながら威厳のある里人たちに迎えられた。装いにしても話し方にしても、それまでに知ったどんな人々にも似ず――ここ数百年のあいだ漢の山々に〔(原注 つまり中国に)〕生きたどんな人間にも似ていないとすら思えた。
 里人たちはおのずと穏静の気を発し、静かな喜びと仁慈の心、高邁な思想を窺わせた。王陶陳の訪れを予期していたのか、泰然と、しかし愛想良く迎えると、すぐさま一軒の家に案内し、好きなだけ留まるようにと告げた。彼らは現代の諸国の動向についてはなにも知らず、興味もないようだった。政治とはまったく無縁に暮らし、戦やその風聞に心乱されることもない。ここなら、永遠にでもいられそうだ、と王陶陳は考えた。よそでは望めぬものばかりだ。この高遠な平安の地で智慧を育んだなら、花のように自然に、不死の境地に開花できるだろう。里人たちが会話のなかでふとした拍子に漏らす言葉は、思いもかけぬ啓示であり――同時に謎めいた韜晦でもあるようで、莫大な叡智が隠されているのを感じ――それが一瞬ひらめく、あるいはほんの一端がかすめて消えてゆくかのようなのだが、全体は満足に捉えられなかった。それだけでもすばらしく魅力的だった。いずれ、すべてを学び、見通すことも叶うだろう。もちろん、ずっと里に留まるつもりだった。もてなしの礼に、里人たちのために魚を捕って暮らすのもいい。その晩は、今日という日――それも後半になるまでの毎日は、けっして完璧とはいえぬものだったと、切に感じつつ眠りに落ちた……。

***
 花は枝より落ち、青い実がなり、人の世を照らすどんな日の光よりも優しい陽光のなか、実は熟していった。実が熟すにつれて、谷の空気も日毎によりすばらしく、より生き生きと霊感を吹き込むようになった。黄緑色の桃の実に濃い紅色がさしそめるころ、王陶陳は宙に浮くような足どりで歩み、喜びを息し、思いもかけぬ喜ばしい知らせを聞いた者のごとく過ごしていた。谷に来た当初から、彼の中で卓越した思想が育ちつづけ、いまや精神は晴れた夜空にも似て、星々のあいだを常に光り輝く龍が渡り、その姿は流れるごとく、つややかにして、光を振り撒き、美しい。王陶陳の住む家の戸の脇に木が一本生えており、金色の鯉が泳ぐ池にしなやかな枝をさしかけていた。ある朝、表へ出ると、熟した桃の最初の一個が輝きながら枝を離れ、池に落ちるのが見え、早朝の金剛石の光に甘い香りが混じった。無言で天を崇めながら、水に浮かんでいる桃を取り上げ、口元に運んだ。そのとき山の手から道を悠揚とやってくる牛の蹄の音が聞こえた。毎朝この時間に、牛に水を飲ませに谷へ下りてゆく隣人の何某だろう。(不思議なことに、それまで里人たちの名前をまったく知らずにいた。なぜか、名前があるとは思ってもみなかった。)喉を通る桃の味を感じながら目を上げて、牛に跨がった人物を見る……とたんに、その場に平伏した。なぜなら相手はかの老子、かれこれ七、八百年前、牛に乗って俗世を去り、西天に入られた尊師だったのだ。
 即刻その瞬間から、あたりは一変し、千倍もすばらしくなった。それまで苫屋と見えていたものは、翡翠と磁器の美しい宝塔であり、釉の透きとおった藍色や橙色や朱、燦然たる黄色や紫や緑が陽光に照り映えた。日中や夕刻の輝かしい空には、ときに堂々たる龍が漂いゆくのが見られよう――きらめく黄金の龍、翼より紫色の光を放つ龍、天の青のおおもとの色をした龍、あるいは流れ星のように疾る白い龍。隣人たちはといえば、いにしえの偉人であるのを知った。タオを体得し、孤鶴に乗って高みへと舞い上がった人々、不死の桃を口にした者たち。なかには幾千年も前に滅びた王朝の開祖たちもいた。人龍たる聖なる支配者、すなわち天皇、地皇、人皇である。いずれも先史時代の黄金の靄の中からおぼろな微光をまとって浮かび上がり、異彩を放つ者たちだ。体は神々しい光を放射し、声は類まれな楽音の響きを持っている。彼らは戯れに雪を固めて銀となし、辰砂の性を変えて黄金をつくりだした。あるときは龍に手綱を掛けて天翔け、日出づる方の幸いの島々を尋ね、またあるときは白鶴に乗って最高天にまで舞い上がり、西の魅惑の園に至る。そこでは西王母が宵の女王として君臨し、紺碧の羽毛を持つ鳥たちが、目には見えずとも世界の上を飛び、歌っている。その歌は愛であり、平和であり、人類の不滅の思想である。かの鳥たちが、紅桃花渓においては姿を顕わして飛び交い、翼を休め、彼らが人間のあいだを飛ぶときに、その善なる力が高められるようにと、里人たちから天上の糧をもって養われていた。
 王陶陳は七年間をそこで暮らし、賢人たちとの超然とした交わりを楽しみ、高遠な哲学をじきじきに拝聴した。彼の精神は金剛石の輝きを帯びるに至るまで純化され、意識を澄ませれば知覚は過去、現在、未来におよび、どんなに些細な考えも、最高の詩人の霊感よりもなお輝くように美しかった。そんなある朝、王陶陳が釣りをしていると、小舟が入り江のほうに流され、島を過ぎて開けた湖上に出た。
 ふと、谷で暮らすのと、外へ出て暮らすのと、どちらが良いだろうと比べる気持ちが起こった。死すべき定めの人々のあいだでなら、自分はこれまでに蓄えた知識で、家畜の群の牧者となれるだろう。権力の頂点に立つのも思いのまま、天下を統一し、漢代に優る栄光の時代を拓く。……ひるがえって、かの偉大なる賢者たちと共にいれば、永遠に生きられるだろう。――だが、実のところ、彼らは自分を見下してはいないだろうか? 王陶陳は長らく忘れていた菩禧を思い、これほど長く家を空けたあとで、見違えるような自分が帰ったなら、彼女はどれほど驚くだろう――以前にもまして、さぞかし自分を崇め奉るだろうと考えた。このまま漕いで湖を渡り、見にゆくのは造作もない、明日、それとも俗人の世に飽きたら、すぐに戻ればよい。彼は日の暮れるころ、懐かしい桟橋に舟をつけ、釣果を持って家に急いだ。
 しかし菩禧は夫の姿を見ても驚いたようすはなく、魚を見て初めて喜色をあらわにした。王陶陳は冷や水を浴びせられた思いだったが、顔には出さなかった。自分がいないあいだ、どうしていたのかと訊ねると、菩禧はいつもと変わらない一日だったと答えた。その声にはどこか、うろたえたような、後ろめたそうな響きもあったが、王にとっては、それどころではなかった。「一日?」彼は言った。「七年だろう!」――菩禧の狼狽は、驚きと困惑にとって代わられた。そこへ隣人が訪ねてきて、今朝借りた網を返しに来たと言う――王陶陳が家を去る前に貸した網である。さらに、隣人はちょっとした噂話を教えてやろうというつもりらしい。「聞いたんだが、あの平陽西ピン・ヤンシー朴洛仙ポー・ローシェンが明日、科挙を受けに首府へ発つそうだ」王陶陳は息をのんだ。「もう合格したはずだ」思わず口にして、残りの「七年前に」は飲み込んだ。なにやら不可解なことが起こっていると見える。
 なにげないふりで、先年、当年に起こったできごとについて訊ね、答えを聞いて、さらに眩暈を覚えた。不在はただ一日のあいだでしかなかった。あらゆる事実がそれを裏づけた。では、七年間はまるごと夢だったのだろうか? 七年に凝集されたすべての栄光にかけて、魂と血脈に感じる不死の活力にかけて、否だ! 己の力でこの年月の真実であることを証明してみせよう、そして世界におれの力を見せつけるのだ!  王陶陳は自分も科挙を受けると宣言した。
 言葉のとおりにして、彼はすべての競争相手を驚嘆させた。華々しい成績に国中を騒がせ、家に帰ってみると、妻は愛人と逃げたあとだった。たいした痛手とはなるまい。七年のあいだ、すっかり忘れ去っていた妻なのだ。しかし、少なくとも、あれは後悔するにちがいない。見捨てた夫が、いかなる大人物だったのか、そのうちにわかることだろう。休む間もなく、試験に次ぐ試験を受け、その年のうちに、最も輝かしい新星と目されるようになった。昇進に昇進を重ね、とうとう天子に宰相の任を命じられた。成功を収めるたびに、彼は独り大笑し、そうして不死の者たちと過ごしたのが偽りでないことを自らに証していった。名声は中国全土の諸王国に広まり、有力な王たちの密使が彼を訪れた。それでもなお、大いなる記憶の真実であることをさらに証明せねば飽きたらず、いっそう大きな勝利で野心を養った。軍勢を率いて匈奴に災厄をもたらし、西と北を従えた。類なく強大な新しい王朝の開祖のもと、黒髪の民族がふたたびひとつになる日も目前だと、人々は噂した。
 それでも彼は満たされなかった。偉大さで彼に比肩する朋友は見いだせなかった。愛し、信をおいた者たちは、誰ひとり愛と誠を返さなかった。主人たる皇帝も掌中の操り人形にほかならず、相手に程度を合わせるには、苦心して精神の身の丈を縮めなければならない。妻は――皇帝の娘であったが――夫をおそれて媚びるだけでなく、忌み嫌ってもいた。世人は王陶陳を讃えるいっぽうで、その失脚を企むのに余念がなかった。彼は策謀を見抜き、策謀家に罰を与え、世界を偉業で満たしていった。そのあいだずっと、心中では、ある声が叫んでいた。紅桃花渓にては、平安と、友情と、喜びのありしものを!
 二十年が過ぎ、王陶陳の星はなお失墜を免れていた。彼は世の常の人にあらず、妖魅か、あるいは仙人、タオの体現者だと噂された。なぜなら、年月を経ても少しも老いず、谷から戻ったときの青年の姿を留めていたからである。いっぽう、天子は死に瀕しており、玉座の継承者としては、病弱で心のねじけた少年ひとりしかおらず、偉大なる王陶陳が皇帝の黄衣を継ぐのであろうというのが、衆目の一致するところであった。王朝の天命は尽きようとしていた。

***
 時は夜、彼は独り座し、望郷の念が重く魂にのしかかるのを感じていた。さきほど宮廷の高官、大臣、大使らが即位を勧めにきたのを去らせたところだった。民衆はいたるところで声をあげ、再統一と紛争の終焉、そしていにしえの漢の栄光の復興を求めていた。王陶陳のほかに、だれがこれらを成し遂げられよう? 彼は、明朝には答えを与えると約束して廷臣らを下がらせた。彼らのうち、本音を語り、心底の願望を口にした者はひとりもいないことはわかっていた。単に必然の結果に備えるのが良策と考えてやってきたのにすぎない。なぜなら、悲しいかな! 天下広しといえど、自分に匹敵する者は、誰ひとりいないのだ……。とりわけ、あれら権力を押しつけにやってきた者のうちのだれにも、心のうちは明かせない――理解するだけの器量を持つ者はいない。彼らの恭順の蔭には慇懃な敵意とおそれが見てとれ、阿諛追従にも同じ敵意とおそれの響きがあった。天子となるか――このような国々の!
 いっぽう紅桃花渓でなら、日々に古哲〔(原注 老子および孔子)〕ならびにかくのごとき者らと語らうことができる――すなわち周公、穆王、成湯と、西王母と、尭、舜、大禹その人ら、黄金時代の汚れなき支配者たちと――ああ、そして人龍帝伏羲および七人の龍臣と、世界の曙に三つの聖王朝を治めた歴代の聖王たち、すなわち天皇、地皇、人皇らと……。
 王陶陳は官服を脱ぎ捨て、永の年月にもけっして手放すことのなかった古い漁夫の衣を身につけると、宮殿と都を後にし、西の方は陶庭湖の岸に向かった。舟に乗って湖に漕ぎ出し、ふたたび紅桃花渓を訪うのだ。そして伏羲や黄帝に諮り、こたびの黄衣を纏うや否やの件――不肖、王陶陳が彼らの玉座に登るのは、彼らの望むところなるかを訊ねよう。しかし、故郷の村に着き、舟と漁具を持ち出して早朝の湖に漕ぎ出したときには、目的は違ったものになっていた。けして、けして、けしてふたたび、不死の者らと別れはすまい。帝位など、どうともなれ。いにしえの大賢の許に留まり、謹んで彼らの下僕の末席に連なろう。いまや自分も歴史になにがしかの名を成した。彼らとて、むげに自分を見下しはしないだろう。そして楽園での生活は永遠に続く。なぜなら、自分は不死の桃を口にしたのだから、死ぬことなどありえない。湖の中ほどまで来たときには、青く寂とした美しさに涙が出た。切に求めるすべてのものまで、あとほんのわずかのところまで来たのだ……。
 やがて湖の対岸に近づき、断崖をひとつひとつ巡ってゆくと、どれも見覚えがあるように感じるにもかかわらず、裏へ回っても島はなく、入り江も、瓦屋根を葺いた寺院も、紅い花を咲かせる桃の林もない。もっと先にあるにちがいない……まだもっと先だ……。島があっても、あの島ではなく、入り江があっても、あの入り江ではない。ときには、それらしき島と入り江があり、桃の木までもがあったが、木々の下をくぐる淵はなく、静かな水に花びらの雨が降りそそぐ美しい光景もない――あの久遠の神聖な紅い雨はどこにもない。そのとき、自分を引いて聖なる場所の近くまで連れていった大きな魚を思い出し、釣り糸を垂れて、望みを託した……必死の望みを託した。

***
 これらすべて、かれこれ千六百年も前に起きたことだ。それでも、いまもなお陶庭湖の漁師らは、小暗い黄昏どきや、岸を離れた湖上で夜を迎えたときなど、おりおり身近に囁きを聞くという。虚空から、舟も見えぬ方より聞こえる、息も絶え絶えの悲愴な囁きを――ここだった……きっとここにちがいない……いや、いや、あちらだった! そして、なかには朽ちてぼろぼろの舟を見た者もある――舟というよりはただの骨組み、あるいは時代を経た舟の亡霊とでもいったものだが、どのような妖術でか、沈むのを免れており、中には古めかしい衣服のなれの果てを纏った男が座して、老いを知らぬ顔に、かぎりない憧憬と永遠に鎮められない悲しみ、そしていまだに望みを捨てられないという、筆舌に尽くしがたい絶望をあらわしている。釣り糸を垂らし、すみやかに進み、ものすさまじい眼を見開いて湖面に据え、繰り返し囁いている――ここだった、たしかにここだ……いや、違う、向こうだ……向こうだったはず……。



底本:The Secret Mountain and other tales Faber & Gwyer, London 1926
翻訳:館野浩美
2017年3月5日公開
※この 作品 はクリエイティブ・コモンズ 表示 4.0 国際 ライセンスの下に提供されています。
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