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一分かそこら、アラスターは気味が悪いほどじっと動かず、息もしていないように見えました。そしてかれは話し始めました。

「ほんのガキに毛の生えたくらいの十二、三歳のころ、おれの身に何かが起こったんだ。その何かは虹の向こうから、妖精の都 (カイル・シー) の門の向こうから降りてきた」ここでいったん口をつぐんだのは、話がちゃんと通じているか心配したのだと思いますが、ありとあらゆるおとぎ話に馴染んでいたわたしには、もちろんわかりました。「花々の盃に蜜があふれる季節、おれは荒野に出かけた。おれはずっとこの島と海を愛していた。馬鹿みたいだと思うかもしれないが、おれはその黄金のような日、とてもうれしくしあわせだったから、大地に身体を投げ出して、温もったかぐわしい土に口づけし、大地を抱きしめた。わけのわからないあこがれがこみあげてきて、おれはすすり泣いた。ようやく衝動がおさまると、目を閉じて満ち足りた気持ちでじっと横たわっていた。とつぜん、ヒースのなかから小さな二本の手が伸びてきて、なにか柔らかく香り高いものをおれのまぶたに押しつけたのがわかった。目を開けても、なにもかわったものは見当たらなかったし、誰もいなかった。それなのにささやきが聞こえたんだ。『立ってすぐにここを離れなさい。おまえの身に悪いことが起こらないよう、今夜は外に出てはいけないよ』それでおれは飛び起きて、震えながら家に帰った。おれは元のおれのままだったが、やっぱり何かが違った。おれは醜くおぞましいものも、みんなのようには、うちの親父や弟たち、それにほかの島の人たちと同じようには見られなくなった。親父はたびたびおれに腹をたてて、大馬鹿者とののしったよ。荒れ果てたわびしい風景は、おれの目には魅惑に光り輝いているように見えた。とうとう親父は腹に据えかねて、ばかにしたようすで、街に行ってこの世の汚さやあさましさを見てこいと言った。だが実際はこうだった。貧民窟と呼ばれるようなところ、工場の煙にまみれ、貧しさが埃のように積もってこびりついた場所で、普通の人に見えるようなものは、おれにも見えてはいたが、それは消えゆく影みたいなものだった。おれの目に映ったものは、みな不思議な光輝に包まれてうつくしかったし、男も女もあらゆる人間の顔は優しくけがれを知らず、魂は純白だった。おれはこの自分で望んだわけでもない試練に疲れ果て、途方に暮れてエランモアに帰ってきた。家にたどりついた日、ちょうどモラグが、あの <滝のモラグ> が来ていた。おばばは親父に向きなおると、愚かな盲人と呼んだ。『この者の額には光がある』おれを指してそう言った。『わたしには見えるよ。嵐の日に南から風が吹いてくるとき、波間にちらちら揺れる光みたいにね。この子は妖精の膏薬を塗られたのさ。<導きの民> がかれを見守っている。それは死の時まで続くだろう。妖精族 (ディーナシー) の一員が死ぬなんてことがあればだがね。すでに一度死んで、生まれ変わった者なんだから。妖精の膏薬を塗られた者は、すべての醜さやおぞましさ、悲しみや苦しみを、美の魔法をとおして見る。それはアルピンの子*2が海の間の土地を支配していたときからそういうものだったし、おまえの息子アラスターもそうだろう』」

「それだけのことさ。これが、ときどき弟たちが腹だちまぎれに、おれを選ばれし者と呼ぶ理由だ」

「それだけのこと」、そうなのかもしれません。でもアラスター・アハナ、花々の盃に蜜があふれる季節に、ヒースの繁みであなたが授かったこのうえない宝物のことを、わたしはどれほどたびたび考えたことでしょう。野の蜜蜂たちは知っていたのでしょうか。かれらの繊細な羽根のささやきを聞くことができたなら。

まぶたへのひと触れ、ひと塗りの妖精の膏薬のためなら、誰でもおのが持てる最上のものを差し出すでしょうし、すべてをなげうって悔いない者さえいるでしょう。けれどそれは彼方の地、隠された時の中にだけあるのです。求めて得られるものではないのだから、探しに行くこともできますまい。

蜜蜂たちだけは秘密を知っているのでしょうが、わたしが思うに、かれらはきっと喜びの原(マー・メル)の蜂なのにちがいありません。そして生ある者がかの地を歩むのはかなわぬこと――すくなくともこれまでのところは。

訳注 2: 9 世紀の王ケネス・マカルピン。伝説ではピクト人の王国を征服しスコットランドを統一した建国の祖とされる。

  

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