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とうとう避けられぬ対面の日が訪れた。カトリーンがランザ・モールで乳の貯蔵庫にいると、ふいに影が差し、目を上げるとイアンの姿があった。前に会ったときよりも背が高くたくましくなったようだと思い、それでもシェイマスのほうがまだ高いと思った。この筋骨隆々としたスカイ島の男の隣に立ったなら、彼女の恋人はほっそりとして見えただろう。目の前の男の濃い黒い巻き毛と太い猪首、赤黒い顔に光る不機嫌そうな目をと眺め、そもそも彼に我慢できたことが一度でもあっただろうかと考えた。

イアンが口を開いた。

「どうだ、カトリーン。おれが帰ってきて嬉しいか」

「無事に帰ってきて良かったわ」

「それなら、おれと所帯を持って、おれの家を守ってくれるか。前から何度も頼んでいるように」

「いいえ。前から何度も言っているとおりよ」

イアンはつかのま苦々しげに顔をしかめた後、ふたたび口を開いた。

「これだけは聞かせてもらおう。我が叔父の娘、カトリーンよ。ランザ・ビェークに住むアハナとかいう男を愛しているのか」

「風に向かって、なぜ西から、それとも東から吹くのかと訊ねたところで、答えは返ってこないでしょう。あなたは風の主ではないのだから」

「おれがそいつにおまえをむざむざと渡すと思っているなら、愚かな考えというものだ」

「あなたのほうこそ、もっと愚かなことを言っているわ」

「そうかな」

「そうよ。イアンの息子イアン、あなたに何ができるの? せいぜい、シェイマス・アハナを殺すくらい。それでどうなると思うの? 私も死ぬだけよ。私たちを引き裂くことなどできはしない。あなたの妻にはならないわ。あなたが地上でただ一人の男で、私がただ一人の女だったとしても」

「おまえは馬鹿だ、カトリーン・マッカーサー。おまえの父が、おれにおまえをやると約束したのだ。言っておくが、おまえがアハナを愛しているなら、やつの命を助ける道はただ一つ、やつをここから去らせることだ。誓って、やつをここにのさばらせてはおかないからな」

「そう、あなたは私に誓って見せるけれど、同じ言葉をシェイマス・アハナに面と向かっては言えないのよね。あなたは臆病者よ」

男は悪態を吐いて背を向けた。

「おれに気をつけろと言ってやれ。そしておまえもな。わが色浅黒き乙女カトリーン (カトリーン・モ・ニァン・ドン) よ。おふくろの墓と聖マーティンの十字架にかけて、何がどうあっても、おまえをおれのものにしてやる」

娘は蔑むような笑みを浮かべた。ゆっくりと乳の手桶を持ち上げる。

「上等の乳を無駄にするのは惜しいけれど、イアン・ゴラハ、あなたが出て行かないなら、頭からこの桶の中身をぶちまけてあげるわ。そうしたら、中の心臓と同じくらい、外側も真っ白になるでしょう」

「おれを馬鹿呼ばわりするのか。愚か者イアン (イアン・ゴラハ) だと。どうだか、そのうちわかるだろう。乳といえば、乳よりもっと他のものが、おまえのために流れるだろうよ、褐色のカトリーン」

その日から、カトリーンもシェイマスも知る由はなかったが、シェイマスにはひそかに見張りが付けられた。

幾日もたたぬうちに二人の秘密は暴かれた。とうとう尻尾をつかんでやったのだと確信したとき、イアン・マッカーサーのうちにくすぶっていた怒りは、抑えがたい残忍な喜びに変わった。彼は二重の復讐を企んだ。飢えた獣のように胸のうちの荒野をうろつきまわる二つの邪な考えに陶然とし、満悦の笑みを漏らした。しかし、イアンには思いもよらぬことながら、いま一人の男がカトリーンの恋人に憎しみを抱き、カトリーンをわがものにせんと心に誓っていたのだった。仮の姿に身をやつしたその男は、アーマデイルではドナルド・マクリーンという名で通っていたが、北の島々でなら、人は彼をグルーム・アハナと呼んだだろう。

三日の間、雨が降り続き、冷たい風が吹きつのった。四日目になって太陽が顔を出し、穏やかな晴天をもたらした。その夕べは静かな美しさに包まれ、あたたかく、大気には芳香が満ちた。月も星も見えない暗夜だったが、薄い靄の帳は夜半には晴れそうだった。

その夜、湖の南岸の下生えの陰には二人の男がいた。シェイマスが着いたのはいつもより早かった。暗くなるのを待ちきれず、日没の残光が消えるまでがもどかしかった。思いきって、すぐに行ってやろうと心を決めた。そのとき、抑えた足音が耳をとらえた。ドナルド老だろうか。苦心のかいもなく、どうにかして娘が恋人と会っているのを嗅ぎつけたのだろうか。それともイアン・マッカーサーが、水辺で牡鹿を追う狩人のように跡をつけてきたのかもしれない。その場にしゃがみこんでじっと待つ。数分とたたぬうちに、用心しながら進んでくるイアンの姿が視界に入った。緑の葉のついた枝に目を留めたイアンが立ち止まる。にやりと笑い、さわさわと葉ずれの音をさせて枝を持ち上げた。

そしてまたもう一人の男が、こちらは湖の対岸の榛の木叢で油断なく待ち構えていた。グルーム・アハナは、今にもカトリーンがやって来はしないかと、なかば期待し、なかば恐れた。再び彼女の顔を見て、そして目の前で恋人を――自分にとっては実の弟だが――殺してやったら、どんなにいい気持ちだろう。しかし、姿を見られたら、訳はわからずとも、泳いでくる相手を警戒させるような真似をされないとも限らない。

それで彼は日暮れ前にそこに来て、水際に突き出た苔むした岩の陰に、羊歯の茂みにまぎれて身を潜めていた。ここなら、カトリーンにも他の誰かにも、見つかるおそれはまずない。

夕闇が深まるにつれて、まったき静けさがあたりを支配した。風も立たない。一度、かすかなため息がヒースの枝の先をそよがせたきりだった。ヨタカの甲高い声が闇を震わせた。どこかでウズラクイナがコッコッと繰り返している。かすれた単調な啼き声は、かえって静寂を強調していた。スゲの茂みの上や葉の間を飛び回る羽虫が、暖かくむっとするような空気を絶え間なく震わせ、かすかな唸りをあげていた。

一度、魚かなにかが、ぱちゃりと音をたてた。そしてまた静寂。ふたたびかすかな、しかし先ほどより長く続く、波が打ち寄せるような水音が聴こえた。闇の向こうから、さらさらと緩慢なささやきのような音が漂ってくる。

グルーム・アハナは羊歯の間からそろそろと頭をもたげて闇の奥をうかがい、耳を澄ませた。カトリーンが待っているとしても、近くにはいないようだ。

音もなく水中に滑り込む。ふたたび顔を出したとき、頭上には葉のついた木の枝があった。三時間前に切り出して、隠しておいたのだ。左手でゆっくりと水を掻き、水中で姿勢を保つ。右手はナナカマドの大きな枝を押してゆく。口には二つのものが銜えられていた。一つは細長くて黒く、もう一つは死んだ魚のように時折ぎらりと光った。

ほとんど動いているようにも見えなかったが、湖の中ほどまでたどり着いたのは、もうひとかたまりの枝とほとんど同時だった。そちらの下にいるものは、誰にも見られていないと安心しきっているようだった。

二つの葉叢が近づいた。小さいほうは、このところの強風で落ちた枝としか見えなかったが、ふいに大きいほうの塊がぎこちなく動きを止めた。とたんに、もういっぽうの枝からあやしい楽の音が低く漏れてきた。

音楽が止んだ。二つの葉叢はじっと動かなかった。ついに、大きいほうがゆっくりと進み始めた。あたりが暗すぎて、泳ぎ手は小さいほうの枝の背後に誰か隠れているのかを見定めることはできなかった。近づいて手を伸ばし、葉を掻き分ける。

大きな鮭が跳ねたかのようだった。水音があがり、黒く細長いものが影の中から飛び出してきた。その先端で何かが光った。にわかに激しい格闘が始まった。生命を持たないはずの二つの枝が激しく動き回り、大きく揺れ、旋回した。葉の間から押し殺した叫びがあがった。二度、三度と光るものが跳ねた。三度目に、すさまじい叫びがしじまを貫いた。おそろしいほど生々しいこだまが三度、クロック・アン・ラハの中腹の窪地に尾を引いた。その後はかすかな水音がしたきり、ふたたび静寂が帰ってきた。枝の一つがゆっくりと流されていった。そしてもう一つは着実に、さきほど来たほうへと戻っていった。

      

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