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いったい何のために。この手紙を読んだら、おまえはそう言うだろう。それはだな、これがおれのやりかただからだ。おまえが女を欲しいと思ったら――もっとも、おまえのような幻ばかりを頭に詰め込んだ老いぼれ馬みたいなやつに、そんな望みが抱けるとは思えないが――女のところに行ってそう告げるだろう。だがおれのやりかたはこうだ。女の誇りと意思の塔の前でおれのフェタンを吹いてやる。思いのままに足を踏みいれられるようになるまで、ぼろぼろと塔が崩れ落ちるのを眺めながら待って、そしてまたフェタンを吹いて、もういちど大声で笑ってやれば、女はおれのものだ。

だがおまえはやっぱり言うだろうな。なぜこんなことを、と。なあ、憶えているだろう、マーカスもマーサルを愛していたことを。今はマーカスは波の下だ、おまえは言うだろう。そうだ、マーカスは波の下だ。だがこのおれ、グルーム・アハナは違う。そしておれもマーサルを愛していた。ほら、おまえは出て行くとき、マーサルに手紙をやって、決して他の女を愛することはないと書いただろう。あの手紙はマーサルに届かなかった。手紙は今、エランモアの農場とグレイ・ロッホの間の沼地で、模様の彫られた大昔の黒い岩の下敷きになっている。もういちど、ずっと経ってから、また手紙を書いてマーカスのところに寄こして、マーサルにじかに手渡してくれと頼んだだろう。おれはマーカスが死んだ日、あいつが前の日に着ていた毛織の外套の隠しに手紙があるのを見つけた。あれが今どこにあるかは、おれにもわからない。鴎なら知っているかもな。それとも、ひょっとしたら海の底の蟹どもなら。おまえには言葉があり、おれにはフェタンがある。

そうさ、おれはエランローナに行った。マーサル・ニク・アルピンを囲む白い壁の外で、フェタンを吹いてやった。壁が崩れ落ちたところへ入っていって「来い」と言い、マーサルは来た。

いや、アラスター、おまえだって彼女と一緒になって幸せになれたとは思わないな。あの女は夕暮れにも、夜の闇の中でも、いつも涙を流していた。真っ昼間から啜り泣いていたこともある。美しい娘だが、放浪の生活には馴染まなかった。おれたちはアメリカに渡るためにコールレインに向かっているのだと思っていた。アメリカは遠い――めそめそした女のために行くには遠すぎる路だ。マーサルは、自分に呪いをかけたのだといって、おれを責めた。ちぇっ。おれはかわいいマーサルにフェタンを吹いてやっただけさ。なんにも悪いことなどしちゃいない、そうだろう、アラスター兄さん?

半年ばかり、あちこちをさまよった。マーサルは英語が話せないから、黙らせておこうと思って、インヴァネスから北東に向かい、吹きさらしの寒村から灰色の石造りの町へと旅して、はるかピーターヘッドやフレイザーバラよりも先まで行った。寒くて、しけた連中ばかりのところだよ。とても奨められないね。でもまあ、行ってみるといいだろう。「選ばれし者」にはふさわしいかもな。ちょっとばかり、冷たい風や火のない炉辺や、つらい旅路に慣れることができるだろう。

長い、長い手紙になった。こんなに長い手紙を書いたのは初めてだ。書くのは楽しかったよ。ずいぶん時間をかけて、少しずつ、あちらこちらと書き散らしてきたが。そろそろ終わりにしよう。まず言っておこうか。マーサルには飽き飽きした。もう何週間も前からだ。もうすぐ子供が生まれる。彼女はストーノウェイの女商人(ベン・マルサンタ)マクイリャハン(なかば英語が話されているあそこでの言い方にならえば 〈マクリーン未亡人〉)のところにいる。裁判所のある大通りのすぐ裏を走っている通りだ。子が生まれるまで、マーサルはそこにいるだろう。みすぼらしい、むかつくような臭いのするところだが問題はあるまい。金さえ握らせておけば、カトリーンおかみは面倒見のいい女だからな。おれはたんまりと払っておいてやった。しばらくはもつだろう。ずっととはいかないだろうが、当面は。マーサルは、もうかつてのように見目うるわしいとはいえない。気の毒なことだ、マーサルにとっては。

エランモアで、最後におれに言ったことを憶えているか? こう言ったよな。「おまえなど塵を喰らえ、グルーム・アハナよ。おまえは死神みたいなやつだ」と。そしておれはこう言ったはずだ。「まあ見ていろ、おれより先におまえが、その塵だかを喰らうことになるだろう」

そして言ったとおり、塵を喰らったのはおれではなく、おまえだったようだな。

おまえの弟、グルーム

こうして彼の夢は破れた。来るべき幸い、ありえたかもしれぬ幸いの望みは。彼はもはや己への報いを夢みはしなかったが、より貴い幸いを願っていた――マーサルの幸福だけを願い、最後には自分であれ他の誰かであれ、彼女の心をかち得ることになればよいと。願いはいまや無に帰し、過ぎにし年の草の露と消えた。一度ならず、彼は夢みつつうち震えたものだった。日ごと夜ごとに、彼の愛の野ばらは美と香気をもたらした。多くを望まぬようになり、マーサルはすでに誰かと幸せに結ばれ、おそらくは胸をまさぐる赤子の小さな手を感じているのだろうと信じた。彼の愛は、世の常の男の愛とは異なっていた。

灰になってゆくグルームの手紙から燃え移った真実が胸を灼くのを感じながら、アラスターはうつろなまなざしを燃える泥炭に向けて座っていた。おれはなんと愚かだったのか、そう自分に呟く。なんと愚かな。これほど夢みがちではなく他の男のようだったなら、魂の渇望ではなくもっと肉体の渇望を向けていたなら、マーサルを勝ち得るのはそれほど難しいことではなかっただろう。たしかに高みの斜面に足を踏み入れようとはしなかったとしても、谷間でなら、マーサルはアラスターといるのを厭わなかった。喜びと悲しみの入り混じった思いでアラスターは思い返した。たしかにマーサルは自分を愛していた。そしてほんとうのところは、彼が想像から創りあげたのは虹の鳥ではなかった。その翼は人々が経験、あるいは肉体の叡智と呼ぶ苦い水の飛沫を浴びた。大いなる愛は恋人の瞳の死にゆく星の背後に永遠を認め、ちっぽけな人間の心の奥の〈広漠たる夢の領土〉に足を踏み入れる。だが、かくのごとく愛するものはまれだ。マーサルが、そのような大いなる愛の伴侶となるだけの強さを持っているとは考えられなかった。多くの者は手近な安心を愛するものだ。

一晩中、アラスターは火の傍で悶々とした。夜明けが近づくころ、腰を上げて戸口に立った。空の無限のうつろは数えきれぬ星々の香煙に満ちていた。さまよう視線を、明けの明星と〈猟犬〉と呼ばれる星々が捉えた。躍り上がる星々は絶え間なく震え、とこしえに空の縁に光を噴き上げながら、けっしてその流れる炎のような輝きをあふれさせることはないのだった。息詰まるような沈黙が空の深みを支配していた。

ヒースに覆われた荒野の起伏の向こうからは、ゆったりと寄せ返す海の波に浜の小石が洗われる音が聞こえた。アラスターはしばし真剣に耳を傾けた。頭上の暗い空を楔形に連なる雁の群れが極北の海を目指して渡っていく。寂しげな啼き声が黙した空の端から端へと闇の中に鐘の音をふりこぼしていった。

沈黙の露のように、心に平安が降りてきた。たしかに、肉の愛より深い愛は存在するのだ。マーサル、ああ、いたわしくも打ち砕かれた心、いまわしくも踏みにじられた人生よ。愛もその傷を癒すには足らないのか、どんな慰めも悩める心に無邪気な安らぎをもたらすことはできないのか、乱れた水面がまったき静けさを取り戻し、昇る月を迎えることもないのか。

もう彼女は自分を愛してはいないかもしれない。自分が彼女を愛するように自分を愛してくれることは、けっしてないのかもしれない。生を顧みず死にも耳を貸さぬ、そんなふうには。そう、彼女を自分は愛している。それで十分だ。彼女の悲嘆とそして恥辱を分かち合うことならできるだろう。彼女の望みを自分の望みとし、倦み果てて望むこともできないのなら、その倦怠に導かれて天上の安息を求めよう。そして彼女が安息をさえ求めないのなら、安息を夢み希うこともなく、ただ闇雲に彼女を塵にまみれさせた愛を求めて泣き叫ぶなら、そう、それもまた我がこととして受け入れ、甘やかなありうべからざる夢で慰め、彼女の恥を誉れの冠で飾り、自分の愛を涼やかな緑の草のように彼女の足元に敷こう。

「あのひとはすべてを失ったわけではないぞ」そう言い、優しい微笑みを浮かべた。夜明けに発つ準備をしようと室内に向き直りながら、そっと付け加える。「なぜならたしかに、目の見えない鳥の巣は、神がお作りになるのだから」

  

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