誇り高きアラスター†1

      

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「日の落ちるころ、黄色い砂に虚しく金色に輝く冠が散らばり、顧みる者もなかった。いったい誰が顧みよう? 丈高く生い茂った草が靡き、草のあいだに晒された女たちの胸は、陰鬱な沈黙のうちに身動きもしない。雛菊のそよぎにさえ羽ばたきを乱す蛾も、かつては吐息に満ち、いまは喜びに高鳴ることもない胸の上にじっと羽を休めた」

「それで、その日槍を率いた男の名前はなんといった」

「おまえと同じ名だ――アラスター、誇り高きアラスターといった」

「その猛追と丘の辺の戦いの原因はなんだったんだ」

グルームは微笑んだ。かすかな秘密めかした笑みは、多くの者をとらえ、のちにかれらの怨嗟の的となったものだ。

「夢だ」グルームはゆっくりと言った。

「夢?」

「そうだ。彼女の名はエーニャ、黒い瞳のエーニャといった」

アラスター・マクイアンの青灰色の眼は、ヒースの茂みに並んで寝そべる男から逸れてぼんやりとさまよった。黒い瞳のエーニャ。その名は一筋の月光のように心に射し入った。

乾涸びたヒースの枝を見つめたまま、連れと同様にきまぐれな風のごとく定まらぬ思いを巡らしているかに見えるグルーム・アハナは、しかし実のところ相手を注意深く観察していた。

なんと丈高く逞しい男かとひそかに感嘆する。すっかり忘れているのだろうか。グルームは心の内で自問した。あの日のことを、もうずっと昔、このおれグルーム・アハナを突き飛ばし、嘲笑を浴びせながらぐいと抱えあげてディアミッドの池に放り込んだことを? あれはスカイ島の、そう、スカイ島のスレイトでのことだった。もう何年も昔のことだ。だが、何年経とうと変わらない。記憶に歳月は関係ない。かつてあったものは、今もあるか、もうまったくないかのどちらかだ。

そして二人はこうしてふたたび路傍で顔を合わせたのだった。スカイ島ではないにせよ、それほど離れてもいない。そこは下ミンチ海峡とヘブリディーズ海のあいだの沖に、緑の蛇のようにくねくねと何マイルにもわたって低くよこたわるタイリーの島だった。再会は偶然のことだった。もし偶然などというものが、この長い年月の果てにあるものならば。グルーム・アハナはにやりとした。微笑はすばやい影のように面をかすめた。皺ひとつなく整った顔は、きれいに撫でつけられた海豹のように黒い髪と対照的に蒼白かった。いや、偶然などではないぞ、そう心の中で呟く。たしかに、偶然ではない。ふいにアラスター・マクイアンにさりげない一瞥をくれたとき、その顔にもはや笑みはなかった。暗い瞳孔が開き、すいと縮んだ。

彼はなおも思い巡らした。そう、アラスター・マクイアンはあちらのつまらぬ世界では、なかなかの大物だ。あの街や都会の巷では。本を書き、詩を作り、言葉に風変わりな音楽を纏わせ、歌や物語にして名をあげた。

なるほど、しかしそういうことなら、かれグルーム・アハナもたくさんのダーンや古くからのオーランを知っているではないか。その気になれば同じくらい、いやもっと巧みに物語スキーアルを語ることもできはしないか。そうとも、アイオナの黒い石にかけて! それではなぜ、このイギリス人はあれほどの名声を博しているのか。まあ、生まれはイギリスではないにしても、やつが書き、話し、考えるのはもっぱらあの外国語であり、古い言葉はすっかり忘れてしまったか、苦労しなければ使えないのか、ともかく芯の髄までイギリス人ササナハであることは間違いない。

それにしてもこれほど有名で、まだ若く健康で見た目も良いというのに、こいつは忘れているのだろうか。このおれ、グルーム・アハナはけっして忘れはしない。

どうして、どうして、この再会が偶然であるはずはない。なぜこのおれはタイリー島などに来たのか。はじめは気まぐれだった。だが、いまはよくわかっている。

それではアラスター・マクイアン、〈誇り高きアラスター〉のほうはどうか。なぜこんなところに来たのか。細長いタイリーの島には、英語の歌に耳を傾けるようなひまな人間はいない。いやいや、わかっているとも、もちろんこいつはここに来るさ。七年も経って帰ってきて、ほかのどこに行くだろう。ここでこいつは初めてエスレン・マクレインに出会い、彼女を愛したのだから。

グルームはしばらく考えをもてあそんだ。それにしても奇妙な愛だ、このアラスター・マクイアンの愛は。女は他人の妻で、こいつは女を愛し、女もこいつを愛している。彼女こそは、こいつをこれほど有名にした詩や歌のすべての背後に燃える炎だった。七年のあいだこいつは女を愛したが、誇り高きアラスターという男は、海のように深く、天にまで吹きつける南風のように向こう見ずな大きな愛情からでなければ、かりそめに七年ものあいだ女を愛したりはしない。

そのようにして、知ったことや聞いたことのすべて、確かなことや不確かなこと、あいまいな噂やもろもろの推量が、グルームの胸のうちでくっきりとした像を結んだ。いまではすっかりわかっており、けして忘れはしなかった。アラスターが愛の夢によって物狂いになったと聞いたのは、つい先ごろのことではなかったか。こいつがこれほど長きにわたって耐え忍び、いまある彼になったのは、ずっとエスレンの愛を胸に抱いており、彼女も自分を愛していると信じたからでなくてなんだろう。愛によってこいつは永らえ、巧みな忘れがたい言葉で美を創り出した。たしかに彼女は、インチ島のマクレインのひ弱な息子、善良で愛情深い男の妻ではあるが、それでも真実は、身も心も魂も、出会うのが遅すぎた男、彼女のうちに苦しい永遠の道を見出した男の伴侶ではないのか。

そう、さまざまな記憶と推測が渦巻いては消え、いまやグルームには、誇り高きアラスターの哀れな疲れた魂がその見果てぬ夢と消しがたい欲望とともに、手に取るようにわかった。グルームの心は鷹のように狙いを定め、喜悦を含んだ恐るべき憎悪に鋭い叫びを放った。そしてある事実を思うとき、ほとんど驚嘆にうたれ、笑い出しそうになるのだった。彼はすでに一通の手紙を手中に収めていた。もう一週間以上も前に、この僻地への手紙を運んでいたウリャ・ベーク*1と呼ばれる若者から苦もなく手に入れたものだ。一読して明らかになったとおり、タイリーに滞在する夫、ロナルド・マクレインに宛てたエスレンの手紙だった。エスレンのほうは、南部の二人の家に残っているのだ。グルームは邪悪な誘惑の調べを奏でるのが好きだった。彼のフェタンで不思議な調べを奏でるとき、胸騒ぎを覚えぬ者はいなかったし、ときには恐れや、恐れよりももっと深い感情を呼び起こすこともできた。しかしいまは手紙のことを思い、笑みを浮かべた。声には出さぬつぶやきを満足げに唇にのぼらせる。いまやおれには二つのフェタンがある、ひとつはただの紙切れにすぎないが、と。

この日、グルームとアラスターは道端で顔を合わせ、二時間ほど肩を並べて歩いてきた。その後、小さな農場の女主人から乳とオート麦のパンをいくらか手に入れ、ヒースの茂みに腰を下ろして休んだ。グルームは古い物語を語って聞かせた。古い物語はアラスター・マクイアンの心を奪い、いにしえの朽ちることのない美で満たすだろうとわかっていた。かつてあったことは完璧であるがゆえに、はかないさだめの人間の息よりほかのものによって永遠の命を吹き込まれ、けして色あせることがない。

こうしてグルームはまんまと相手の忘却を誘った。

いくばくかのあいだ、うっとりとしたような沈黙が続いた。カササギが甲高い声で啼いた。千鳥があてどなく宙を舞い、寂しげな声を上げた。あとはただ、ときおりの風がエニシダの茂みを騒がせ、ヒースの枝の間をかすかな口笛のような音をたてて吹き過ぎてゆくばかりだった。

グルームは外套の内側の留め金からそっとフェタンを取り出した。唇にあてがい、息を吹き込む。月光の下を鳥の群れが飛びかうよう、あるいは笛の音がおぼろな蛾と化し、吸い込まれそうな深い淵の面を舞うかのようだった。

原注 1: 初めの一文は『The Dominion of Dreams』所収「Enya of the Dark Eyes」の一節である。

訳注 1: 英語名にすれば「リトル・ウィル」

      

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